2009年10月23日 (金)

BYOB

僕がテキサス州(1993-1997)に赴任していたころのことです。金曜日のこの時間になると、あるきっかけで知り合いになった(隣のビルにオフィスのあった)アメリカ人弁護士から電話で「ご飯食べに行こう」と誘いがありました。ほぼ毎週のように。

いつもは日本から来た僕のことを気遣って、あまりテキサスっぽいところというよりは、街に数軒しかない日本料理レストランやコリアタウンの焼肉屋が相場でしたが、たまにスポーツバーみたいなところにも連れて行ってくれました。

なかでもローカルな感じのバーの看板には"BYOB"の文字が。"Bring your own beer (bottle)"という意味らしい【辞書で調べるとbottleとなっていますが、テキサスで当時許されていたのはBeer等はOKである一方、ハードリカーはダメというのが大半でした】ですが、要するに酒類販売の免許がなくて、自分で飲み物やピザを持参してプールバーで楽しみ、お店は場所代だけをチャージするというビジネススタイルです。

日本から来ている駐在員に話すと「そんなshabbyなところ行かなくても」と言われたりもしましたが、折角滅多に行けないところに赴任しているのですから、(そして弁護士と一緒という安全も一定限度担保されているのですから)現地の楽しみ方を味わってみたいという気持ちが勝っていました。

さて、昨日久しぶりに早く自宅に帰ってテレビをみていたら山崎豊子氏の原作だったか不毛地帯をドラマ化した番組を見つけました。なかなか良くできてるなあなどと感心しながら最後まで見終わったとき、エンディングテーマがなんとトム・ウェイツの曲!!!

まさにBYOBなバーに居そうではありませんか!金曜のこの時間のたそがれ具合と昨日のことが混ざって、随分昔の記憶に引きずり込まれてしまいました。

2009年8月26日 (水)

ICカード

ここ最近、相次いでICカードが使えなくなりました。一枚はETCカード、もう一枚は銀行のキャッシュカード。セキュリティー確保のソリューションとしてICカードは、スキミングされるリスクが現時点では非常に少なく、また銀行振り込みの際の振込先データ等も保存できて非常に利便性を感じていただけに、一旦使えなくなるととっても困りました。(因みに、カードは二枚とも利用し始めてから約3年が経過していました。)

ICカードが再発行されるまでの期間、クルマの運転時では丁度夏の最中に料金所で窓を開けてお金を払う都度、熱風が車内に入り込んできたり、銀行ではキャッシュカードがないので窓口で通帳と印鑑で引き出しをしたりと、普段「当たり前」と思っていたことが利用できなくなると、これだけ不便なのかと痛感した次第です。fail-safeとして、ETCカードもキャッシュカードも2枚程度は持っていた方がよさそうです。

また、経験則でしかありませんが、どうやらセキュリティー面では劣るものの耐久性では旧来の磁気カードの方に、現時点ではまだ一日の長があるようです。両方の良い面を組み合わせたシステムが出てくることを望みたいものです。

2009年8月11日 (火)

地震

今朝関東地方では地震を観測して、朝のテレビはその報道で一色といった体でした。(台風関連報道はどこにいっちゃったのでしょう。)最初に揺れ(多分、たて揺れつまりP波)を感じてから大きな揺れ(横揺れS波)を感じるまでに結構時間があった気がしたので、かなり大きな規模で遠いところの地震を感じているのかと思ったら、東海地方が震源ということで僕の体の感覚なんてあてにならないなあと改めて思い知った次第。

報道によると、マグニチュードは当初の発表では6.5とのこと。このマグニチュード、richter scaleとも言いますが、厄介なのがLog関数、即ち対数(確か√1000)というところです。マグニチュード6.5と8.5では1000倍のエネルギーの差、違いがあるわけですが、大概8.5/6.5の違いと思ってしまいます。そこいら辺をもっと分かりやすく知らせて欲しいといつも地震報道を見たり、聞いたりする度に感じます。東海地震がM8.5だとしたら、今回の規模M6.5の地震でそのエネルギーを全て放出するのには1000回起きることが必要な訳です。

さて、当社は第1四半期決算の発表とそれに続く説明会を先週終え、再び事業に邁進する体制となりました。ファッションのジャンルで色、カラーによる検索を可能にしたり、一部製品選び方をユーザーの皆さんに投稿して頂く機能をリリースしたりと、使い勝手をさらに向上させるサービスを最近立て続けに発表していますが、今後もこのペースを維持していきたいと思います。

√1000は無理でも、「気がつけばこんなに」と感じてもらえるような、「対数的」な成長を実現するべく。

2009年8月 3日 (月)

居酒屋

週末のテレビ番組「日本居酒屋紀行ファイル」で、銀座歌舞伎座あたりの居酒屋を紹介するというので、「どこだろう」と観ていたら、何回かお邪魔したことのあるお店が採り上げられていました。嬉しい気持ちと、くすぐったい気持ちが交錯する不思議な感覚でした。

大将と息子夫婦で営む、こざっぱりした雰囲気がよく伝わってきて、ついこの間も金融機関と人たちと行ったばかりですが、また行きたくなりました。銀座は、その後二次会に移動するにもお店が一杯あって不自由しません。

歌舞伎座自体、昔の雰囲気を残しつつも、高層ビルに生まれ変わる由。仕方ない部分はあるにしても、この街の持つ、こうした「どこか懐かしい」風情を保ち続けて欲しいものです。

2009年7月21日 (火)

官僚たちの夏

TBSで城山三郎原作の「官僚たちの夏」を放映しています。毎週日曜日。僕の記憶では以前NHKでも中村敦夫氏が主演で放映していたように思いますが。

何故この時期この作品をリメイクしてTBSは世に出したのでしょう。官僚主導の国家運営そのものは、この作品の時代背景では間違いではなかった側面もあるでしょうし、観る人によっては多少疑問を感じるかもしれません。

もしかしたら、今よりも優秀で、官僚や省庁の繁栄ではなく国家の繁栄を夢見た「理想の」官僚像を映像化して、「官僚たちよ、しっかりしろ」とのメッセージも込められているのかも知れません。

であれば、政治家にも「政治家よ、しっかりしろ」とのメッセージが必要な気がしてきます。その際には、同じく城山三郎の「男子の本懐」をドラマ化するのが良いのでしょうか?政治理念や思想は同調できない点があったとしても、浜口雄幸首相の「自分が正しいと思う道を突き進む」強い信念は今の政治家に思い出して欲しいものです。

2009年7月15日 (水)

夏バテ

ここ数日の猛暑と不摂生の至りで、少々夏バテ気味です。これから夏本番というのに、やはり年齢も関係しているのか、、、、

栄養ドリンクとかサプリメントで解消!っていうのも大いにありですが、その前提として自分の基礎的な体力があってこそです。

そういえば今年になって未だ自転車に本格的に乗っていないし、犬の散歩も犬もバテ気味で最近走るなんてことしないし、直ぐに家の方に帰ろうとして大した距離散歩することもないし、これでは体力がつく訳もありません。

少し運動するかなあ。

2009年6月30日 (火)

Show & Tell

"Show and Tell" アメリカでは幼稚園や小学校の頃から、クラスで生徒一人ひとりがあるテーマ(それは与えられたものでも、自分で選んだものでも)について発表する時間が結構とられています。僕の息子もテキサス在住時代によくそうした授業で発表していたと記憶しています。其の頃、(日本で生まれ育った)僕は「人前でよくそんな恥ずかしいことをやるもんだ、アメリカ人は」などと思っていましたが。

さて、この夏の上映予定映画でしょうか、忠犬ハチ公を題材に作られた"HACHI/約束の犬"ですが、映画ドットコムにある予告動画からは分からないものの、長いバージョンの予告編ではリチャードギアが演じるHACHIの飼い主の孫が学校の"Show and Tell"の授業で祖父とその愛犬HACHIの紹介をするという構成のようです。

こうやってアメリカ人は実は大学や大学院に入るずっと手前から自己表現の場を与えられ、自分の考えや思いを他人になるべく正確に或いはなるべく感情を込めて伝える訓練の場に接してきている訳です。

もう5年も海外に出る機会から遠ざかっていますが、ここに来る外人投資家の人達と話をしていても其の一端は感じることが出来ます。インプットされる情報量や感情の豊かさは勝るとも劣らないであろう日本人と、それを他人に伝えるアウトプットのところで余りに経験とスキルに差が生じている現状を思うに、日本の教育にももう少しこのような教育プログラムを増やしても良いのではないかと感じる予告編でした。

2009年6月19日 (金)

旧友との再会

つい最近、中学・高校時代の友人から連絡があり、彼と僕等の一年後輩で証券会社の社長さんと僕の三人で飲もうというオファー。彼とその後輩は住んでいる場所も違っていたし、所属していたクラブも違っていたので「二人はどうして知り合いなの?」と尋ねると、ああでこうでと一連の説明。

なるほど、僕自身が知らないところで、人と人は無限に繋がっているわけで、考えればそれ程不思議ではなくなってきました。で、想うことは「この世はつくづく様々な縁で結ばれているなあ」ということです。それにしても、最近僕の周りでは初対面だと思い紹介すると「この人知っている!」とか「昔からの友人!」などということが頻発。

歳をとってきたので、その「縁」が僕の周りを取り囲んでいるからだというだけの理屈で片付けられないほど。エリック・クラプトンのCDアンプラグドの中の一曲の歌詞の一節に"Nobody knows you when you are down and out"というフレーズがあったのを今思い出しましたが、その逆でないことを祈りつつ、、、

2009年6月15日 (月)

都心の道路交通事情

最近、皇居の周りの内堀通りなど、やたら「電気工事」の看板が目に付きます。丸の内界隈に次々と高層ビルが建設中だったりするので、電線の容量が足りなくなっているので増設や改良工事かなあなどと、移動中考えたりします。

そして、今日も霞ヶ関や恵比寿と会社のある水道橋を行ったり来たりの最中に感じたことですが、そういう工事中で一車線塞がったりしているにも拘わらず、そして休み明けの月曜日にも拘わらず、スイスイと目的地まであっという間についてしまうのです。

景気後退の為に、人の移動や物流量も減っている為かもしれません。だとしたら単純に喜んで良いのやら、複雑な気分になります。

2009年5月 9日 (土)

ハゲタカ 他人と自分

今日はめずらしく土曜日なのに、たくさんの人たちと話をする機会に恵まれました。

最後には、旧友から電話で「今、忌野清志郎さんの告別式に並んでいるんだけど、これから来ない?」と言ったお誘いまで含めて。こうしてブログを更新している最中に、高校3年の12月に彼とはジョンレノンの追悼会に日比谷野外音楽堂に行ったことを思い出しました。彼も、それを思い出して僕に電話したのかも。

さて、彼と僕との生き様は、仕事や私生活まで含めて全く違う世界にいるわけですが、実は内面は「お前は俺、俺はお前」みたいな部分を強烈に感じることがしばしばです。長く付き合える間柄というのはおしなべてそういうものなのかも知れません。

そういえば、GW中に某国営放送でドラマ「ハゲタカ」の再々々放送?を観ました。その中で、ホライゾン・キャピタルの鷲津日本代表が、三葉!銀行時代の先輩の(柴田恭平演じる)芝野部長に「貴方は私だ」みたいなセリフを吐く場面がありました。

人が誰かと接触したり関係することって、(意識していないことが多いけど、そして結果として後で気付く訳ですが)自分の姿を他人の鏡を通して見つめなおす部分って少なからずあるなあ、と感じた一日でした。

2009年4月19日 (日)

タカダワタル的ゼロ

個人的に発売を待ち望んでいた「タカダワタル的ゼロ」が5月20日に発売になることを知り喜んでいます。4年前の今頃の季節、高田渡さんは亡くなりました。

近所にお住まいなのかよく歩いているところを目撃して親しみを感じていたのと、大ファンだったので大変辛い思いをしました。丁度其の頃、僕の家には柴犬の子犬が来たばかりで、吉祥寺いせや付近で犬を可愛がっていた渡さんの姿に何度も接していただけに、一度散歩中に出くわしたいなあと勝手に思っていた矢先のことでした。

そして、昨日散歩中に「このアパート、渡さんが住んでいるみたいな風情だなあ」と道路から郵便受けの表札を見て驚愕。ある部屋のところに「高田渡」の消えかかった文字が、、、なんという偶然。

早速DVDを購入して、久しぶりに彼の世界に浸ってみようと考えています。

2009年3月24日 (火)

Vernal Equinox Day

春分も過ぎ、会社の窓からみる外の風景も随分と遅くまで明るいのに驚いています。こうした季節に生まれた人は、前向きで明るい性格に育つのかなあと思ったりします。

星座占いとかそうした類のことは余り信じるタイプではないのですが、この世に生を授かって最初に刺激を受ける、周りの空気、見える風景、そうしたことで其の後の性格や人格形成といったことに少なからず影響を及ぼしているとしたら、結果論としてそうした占いも傾聴に値するのかもと一瞬ですが考えました。でも、北半球と南半球では季節は反対なので、やっぱりこじつけかなとも思いますが。

今期はあと残すところ一週間、頑張ります。

2009年2月25日 (水)

なつかしいお店

IRの途中、昼ごはんに日比谷帝国劇場の地下街にある「きくかわ」に久しぶりに行ってきました。壁の張り紙には「うな重(イ)と(ロ)はサイズが以前より小さくなっている」云々とありましたが、相変わらずのボリュームで且つビジネスマンにはありがたいスピードで出してくれて僕には満足でした。

もう20年程前に丸の内に勤めるサラリーマンだった頃、会社の先輩と年に2~3回夕刻会社を抜け出してはビールにキャベジン、うな重とオーダーするのが結構楽しみな贅沢でした。記憶は正確ではないけれど、佇まいには以前の雰囲気は充分残っていて、今日も当時のことを懐かしく思い出しながらうな重を食しました。

お店の雰囲気、味、そして自分自身の昔の記憶、様々なものが混ざり合っての納得の昼食でした。

2009年1月26日 (月)

国公立大学の独立行政法人化

最近、身近でも新聞記事などでも、国公立大学の独立行政法人化というのでしょうか、詳しくは知りませんが、語感からして「独立採算で経営しなさい」という風にも聞こえる言葉をよく聞いたり見たりします。

それに伴ってでしょうか、或いは更に国からの補助の削減も相俟ってだと思うのですが、非常勤講師の削減云々も喧しく議論されているようです。

学校や病院のフロントは教授・医者であり、学生課・教務課・就職課といった部署がそれをバックアップする機能と思います。本来フロント機能に手を付けることは学校・病院の価値を毀損するリスクが大いにありますから、バックアップ機能の合理化・スリム化を極限まで突き詰めたあとに残された「最後の手段」と言ってよいかも知れません。

もう10年近く前から考え続けているのですが、「学校の成績証明・卒業証明の発行・学費収納」機能や「処方箋の作成・カルテの保存・更新」機能のようなところを、大手のデータセンター、認証機関、予備校のようなプレイヤーが合同で一手に請け負うビジネスモデルはないものでしょうか?

学校・病院の(不必要な)統廃合に少しはブレーキをかけられるような気がするのですが、、、

2009年1月12日 (月)

権田原の坂

今朝休日出勤の際に権田原の坂を明治記念館の方から迎賓館に向かって運転してきました。会社に最短で着くには首都高で西神田まで行くのが良いのですが、最近僕は外苑で降りて其の後このルートを使うことがしばしばです。

この坂、土地柄警備が厳しくスピードは出せるわけもありません。当然、いつにも増して法定速度を厳守して運転するのですが、それでもアップダウンと緩いカーブが適度にミックスしていてとても気持ちよくドライブ出来るし、また左右木々に囲まれた風景も素敵に感じられます。

近いうちに、こんどは自転車で訪れて、この季節の風景をカメラに収めておこうと思います。

2008年12月30日 (火)

年末のオフィス

これから今年最後の外での仕事に出かけるところです。静謐な環境で一人パソコンに向かっていると普段考えもしないようなアイデアとか、以前考えかけていた途中で他に介入してきた事に気をとられて記憶の奥底に格納してあった「考えかけの」アイデアが年末の「たな卸し」よろしく顕在化あるいは復元されてきます。

おそらくは繁華街の風景や他人の話なども年末・師走といった感覚を呼び起こすのでしょうが、それだけではなく自分自身の中で行う、こうした「内省」なのか「回顧」というべきなのか不確かではあるけれど、今年やり残したことのたな卸しや来年やることのリスティング作業が否応無く、自分の中での「年末」感を醸し出すのではないかと感じます。

日本の年末年始は中華圏の旧正月を除けば一番長い年末年始の連休の一つと思います。欧米の様に1月1日だけが休みというのとわけが違います。あえて多岐亡羊な思索に耽って、与えられたこの贅沢な時間を過してみたいと考えています。

2008年12月29日 (月)

読書

昨日、新宿で遅い昼食を一人で摂った後、近くの書店をぶらぶらしているときに目に留まった榊邦彦著「もう、さよならは言わない」を何気なく購入、さっき読み終わりました。著者とは中学高校が一緒で、高校三年の時だったか彼が自費出版した処女作を購入したという関りがあるので、「何気なく」というのは正直嘘が混じっていて「『100万分の1の恋人』以来二作目かあ、読んでみようか」というのが本当のところです。

読みやすく丁寧な言葉遣いの文章で、「ああ彼は随分と作家として成長しているのだなあ」という感慨(まだまだ成長し続けるのでしょうが)と、高校生からずっと一つのことを一貫して目指していることへ畏怖の念さえ抱いてしまいながら、一気に読みました。

僕は目先転勤という気分転換がしやすそうなサラリーマンという職に就きながら、それさえ転職してしまっているというのに、「なんという差だろう、これは」と恥ずかしさも伴います。40歳代後半という年齢にさしかかってくると、そろそろ社会人或いはビジネスマンであれば会社人として自分を仕上げて行くステージに入っていることは自覚しているつもりなのですが。

来年2009年はそうした迷いや悩み、曇った部分を少しでもクリアにしてゆける一年にしたいと思います。

2008年12月28日 (日)

万歩計

万歩計を一週間ほど前に購入しました。TANITAという会社の万歩計で「3D云々」というちょっと高スペックに聞こえるコピーにつられて。これが不思議なのですが、今まで使ったことのある万歩計とはまるで違い、手で万歩計を勢い良く振っても全く歩数はカウントされず、一旦歩き出すと腰に付けなくても、ポケットの中でも手に持っていてもかなり正確に歩数を積んでいくのです。

こうしたモノを買ってしまうと人間の性というものでしょうか、普段よりもたくさん歩こうという意識が高まり一つ手前の駅で降りて歩いてみたりと、確かに健康的な生活になるような気がしてきます。

年末・年始暴飲暴食を控えることも勿論ですが、万歩計を忍ばせて東京を散策してみるのも良さそうです。

2008年12月 1日 (月)

docomoのCM

最近テレビで流れているNTTドコモのCMですが、30年近く前に放映されていた「早春スケッチブック」という番組を思い出しながら見ているのは僕だけでしょうか?番組は山田太一氏の脚本だったと記憶しています。

俳優の山崎努さんが出演していることが先ず共通点ですが、他にも撮影されている邸宅の雰囲気もそっくり(な気がするし)、セリフも「早春スケッチブック」では山崎努さんが息子で受験生という役柄の鶴見辰吾さんに「ありきたりではダメだ!」と何度も言ってたのに対して、CMでは「新しくなくてはダメだ」という趣旨のセリフがあったりして、最近気になって仕方ありません。

若しかしたら意識的か無意識的かにかかわらず、僕と同じような世代で上記番組をよく見ていた人が制作に関っているのかなあ、なんて思います。

番組が放映されていた頃、僕は高校三年だった、つまり受験生でしたが、「ありきたりではダメだ」というセリフに打ちのめされながらも毎週テレビの前に釘付けでした。これから人生でもかなり「ありきたりな」受験という儀式を控える身として、「こんな人生で良いのか」と自問せずにいられなかったような気がします。

それが、最近では「ありきたり」は「楽だ」と瞬間とはいえ思ってしまいがちな自分の気配を感じます。このNTTドコモのCMはそうした世代に対する強烈なメッセージを帯びているように思えてくるのです。

2008年11月21日 (金)

メガネのフレーム

新しくメガネを作りました。セルとメタルで一つずつ。メタルフレームの方のメガネは購入当初からぴったりの装着感で、実際かけていてもずり落ちたりしないのですが、セルフレームの方は長くかけていると、まるで老眼鏡で新聞を読んでいるように、鼻の下のほうにずれてきてしまいました。

そこで、再度メガネ屋に赴き、症状を話して直して貰いました。直しているところを見ているとセルフレームは(多分熱を加えているのでしょうが)まるで飴細工のようにグニャグニャと曲がり、「出来ました、試してみて下さい」と言われて、改めて装着すると“ぴったり”とかけることが出来、今では気に入ってセルフレームばかりかけています。

頻繁に使用する身の回り品や、体に接触するようなモノは、自分の感覚と馴染むかどうかが「お気に入り」なるならないの分水嶺となることがしばしばあります。

先日、海外ニュースでブッシュ大統領が「経済危機につけるcureall即ち万能薬はない」と開き直りとも言える発言が報じられていました。

カカクコム社が運営するサービスもたくさんのユーザーの方にご利用頂いている一方で、全ての方々に納得頂いたり、ご理解頂くサービスとは「一律のサービス」を提供している限り困難と思います。

「自分の身の回り品」と感じてもらえるよう、カスタマイズを可能にしたり、愛着を持っていただけるよう(少しずつですが)機能・サービスを改善して行きたいと思います。

2008年11月13日 (木)

GM

米国政府によるゼネラルモーターズ(GM)のなんらか救済策について新大統領のオバマ氏と現大統領のブッシュ氏の間で話し合いが持たれたとの報道がありました。

もしも経営が破綻したら、確かに大量の失業者を生むでしょうし、それに伴うコストはとてつもないことになるでしょう。また、部品メーカーなど系列への波及を考えるとデトロイトという街が消えてしまうくらいのインパクトがあるのかも知れません。

ただ、インフラとして極めて重要な金融機関という連鎖倒産が、国家存立を揺るがすという事態を避けるために、政府が救済に乗り出すのは「あり」というコンセンサスが自動車業界に上手く当てはまるのかは、資本主義のお手本だった筈の米国でのことなので、余計に即答しかねます。

そこでそうした難しい問題を避けて、そして皮肉を込めて言えば、GMの救済主はエクソンやシェル、BPみたいなところが最適だと思います。民間企業による民間企業の救済、合併なら問題はありません。

それに、トヨタのプリウスみたいに超低燃費な自動車に、GMの5リッターV8エンジンのドライバーがみんな鞍替えしたら、石油会社は大変な痛手となりえます。加えて、石油会社は最近までの原油高でここ2~3年空前の利益を蓄えていて、救済に必要なキャッシュを保有する唯一と言ってもよい産業です。

でも、まあ実際にはそんなことにはならないでしょう。それに環境にもよろしくないアイデアですし。ただ、「サブプライムローンに端を発した金融危機は終に実体経済に侵食してきた」なんて、事態を陰鬱にとらえるだけでなく、ここは「化石燃料に終止符を打つパラダイムシフトの序曲」という風に考えて、環境に良い或いは優しいビジネスで余剰する労働力を吸収して欲しいものです。新大統領に期待することとしては。

2008年11月 7日 (金)

先進国版パリ・クラブ

今回の金融危機、或いは実態経済にまで波及した本格的リセッション、それらの解決のためには相当のお金が必要なことが、どうやら世界中も分かってきて、国債の発行や自国紙幣をたくさん刷る必要性について、巷でも語られつつあります。

然し、アメリカの国民がこれだけ借金の嵩んだアメリカの国債を積極的に購入しようと思うでしょうか?或いは、日本国民や日本の金融機関がこれまた借金漬けの日本の国債を「分かりました」と引き受けるでしょうか?かなり疑問です。

そこで思ったのですが、これからお金が大量に必要になる先進各国政府が何かしら合理的な或いは合理的に聞こえる割合でお互いに国債購入を引き受けるのなんていう新手の資金調達方法を、どこかの金融当局官僚が練っているのではないかと。

そして、どの国も返済が苦しい或いは不可能となる前に、先進国版のパリ・クラブを開催し、お互いに債権・債務を棒引きにしてしまうのです。当然、その後には国民にたいして国家の信用の失墜や増税という痛みが待ち受けているのでしょうが、自分自身(個人法人を問わず)が直接に自腹を切って購入した国債の償還が滞るわけではないですし、国家予算で購入した他国に対する債権が返ってこないという相対的に間接的なフラストレーションに止まるので、国民の不満も比較的に些少で済みます。

金融機関の時価会計が緩和されるニュースが流れるなど、もうモラル・ハザードは止まるところを知りません。こうなったら、先進国同士つまり国家という単位で債務繰り延べ・帳消しなどというウルトラC級のアイデアを思いついたり、実行に移すことが(密かに)相談されていても不思議とは思えなくなってきました。

2008年10月30日 (木)

本当のドル安円高

10/30夕刻現在、円ドル相場は98円/$辺りと、一時90円台まで行ったときの円高圧力は緩和した様に思えます。円キャリー取引の巻き戻しと言われるようなポジションの解消は、若しかしたらピークを打ちつつあるのかも知れません。

ただ、1995年の一時79円/$まで円高が進んだことを鮮明に記憶している僕自身は、来年か再来年あたりに本当のドル安円高が訪れるだろうと予想しています。(悪いことばかりではなくて、僕はアメリカで自動車を購入するさいに組んだ3万ドルのローンを、夏季休暇で一時帰国したときに240万円分のトラベラーズチェックを購入し、それをアメリカに持ち帰り全部返済してしまいました。)

そのように考えてしまう理由ですが、今回の金融危機を乗り越えるために、最も痛んだバランスシートを保有するだろう、米国の銀行の不良債権買取や同じく資本注入の為に新たに刷られるドル札の量を考えると、ドルへの需要と供給のバランスが今のレベルで維持できるとは到底イメージできないからです。

1995年のときはクリントン政権つまり民主党時代です。今回の大統領選挙もこうした事案を占うファクターとなりうると感じます。

外れてくれる方が安心ですが、13年前を凌ぐほどのドル安円高の足音が年明けくらいから聞こえてきそうな気がします。

2008年10月24日 (金)

ワイマール共和国

ドイツのワイマール共和国、その理想は崇高であったのかも知れませんが世界恐慌の波にのまれて結局は崩壊してしまいます。空前の失業率・富の喪失に襲われて誇り高きドイツ人のプライドはズタズタに引き裂かれようとしていた、まさにその時アドルフ・ヒトラーが現れて大衆の心理を奪い取っていった、其の頃と最近起こっている金融崩壊が妙に符合するような気がするのは僕だけでしょうか?

現代の日本が平和であることは決してタダで手に入れたものでもありませんし、何時までもその状態が続くという保証があるわけでもありません。歴史を紐解けば「経済の崩壊が、政治や社会にまで回復・修復不能なまでに深く影響を及ぼした」事例は枚挙に遑が無いのではないでしょうか?

今こそ全ての知恵と手段を動員して、この負のスパイラルを反転させねばなりません。レバレッジの利いた経済を立て直すには過去の何倍もコストが掛かるのは分かっていても。次の世代に妙なつけを回さないために。

2008年9月30日 (火)

locker room talk

最近、政治家の人たちが失言・妄言・確信的発言等で職を辞するケースが後を絶ちません。で、感じるのですが発言する前に「ここは公の場なのだ」と頭の中で反芻してから会見やスピーチに望むのが良いのではないかと。

僕も、頻度は政治家ではないので高いわけではないですが、株主総会や決算説明会等、公或いはそれに類する場で話をすることがありますが、locker room talkのような発言が自分の口から飛び出さないようにと、意識はしている積もりです。

その立場や職責に慣れてきたころの方が危ないのかも知れません。いつも新鮮な気持ちを維持するのは大変なことではありますが。

2008年9月23日 (火)

Thunderbirds are go!

ずっと昔にテレビで流行ったサンダーバード。その冒頭で"Thunderbirds are go!"というセリフがあります。「サンダーバード、発進!」とでも訳すのでしょうか?最近、これを想起させる自動車のCMを見かけます。本当なら、自動車名は単数ですから"○● is (to) go!"というのが正しい英語なのでしょうが、多分製作者はなんとしても音にこだわりを持ちたかったのでしょう。"○● a go!"という苦肉のキャッチコピーを使っています。

日本人の耳にはこれでも良いのかもしれません。否、この方が良いのでしょう。ちょっと変な気もするけど。

2008年9月15日 (月)

ハリケーン・アイク

ハリケーン・アイクがテキサス州ヒューストン周辺に上陸して少しずつ勢力を弱めながら北上を続けているようです。

この地域は石油が採れるだけでなく、その精製工場などが建ち並ぶパサデナ地区などもあり本来であれば原油価格上昇要因と捉えるのが妥当な考えということになりそうですが、今年ばかりは上がりすぎた原油価格を押しとどめるモメンタムを探す苦労の方が優っているようです。

またこの地はその昔スピンドルトップで石油採掘する際にプロジェクトファイナンスが初めてこの世の中で始まったとも言われている場所です。採掘者の現行の資産を担保にするのではなく、これから掘る石油、あるいはその掘削施設そのものに価値を見出して資金を供与するという今ではよく見られるファイナンスの手法です。

まあ、そのころまではレバレッジの効いた訳でもなかったでしょうし、金融論の参考書でいう「信用創造」の範疇に属していたといってよいでしょう。

然し、現在はデリバティブなど複雑で分かりにくい金融商品がこの世の中を席捲しています。自分の取引のカウンターパーティーが本当は誰なのかも判別が困難な程に。もはや「信用創造」などという生ぬるい表現では正確さを欠き、「信用膨張」とでも形容する方がふさわしいのかも知れません。

本日現在、リーマンブラザーズの再建策に目途が付かず欧州の金融機関が当該金融機関との(多分直接の)取引の解消に向かって動き出したとの報道が流れています。でも、エンロン破たんの時もそうでしたが、この時代真の「カウンターパーティー」を見つけることさえ大変な作業、もしかしたら破たんするまで完璧に把握するのは不可能なのではとも感じます。

金融業界ひいては世界経済に荒れ狂うハリケーンは勢力を弱めるにはもう少し時間がかかるようです。

2008年8月31日 (日)

擬人化、擬態化、形容詞の罪

ビジネスをする上でという 前提条件を置いたうえで、擬人化、擬態化、あるいは形容詞の羅列、その最たる、更に言えば最悪のものは「僕的には」などという責任の所在をあいまいにすらしかねない表現ですが、そうしたものは一番役に立たないTerminologyとすら言えない代物と感じます。

逆に最初にそして最後までStickするべきは名詞、動詞、時制といったことで、これらの重要度は僕の経験上ビジネスでは極めて重いと言わざるを得ません。

さて、えらそうなことを申し述べた後にバツが悪いのですが、このブログは社長という公的な立場と個人ブログというパーソナルな性質のアンビバレントなことが共存しており、その狭間でファンダメンタルなことは敢えてBlurredであるべきというのが僕の私的な立場で、それこそが「社長ブログ」のレゾンデートルと勝手に思い込んでいるし、そうでなくては更新する気にもならないのですが、、、、

こうした価値観を勝手に押し付ける気はさらさらないのですが、共感していただけるかたが一人でも増えると僕はハッピーです。

2008年8月25日 (月)

太陽光発電

トヨタの次期プリウスの一部車種のルーフで太陽光発電パネルを用いて、車内のエアコン用電力に充当するというような記事を自動車雑誌で読みました。あまり重たいものがルーフに乗ると、(サンルーフなどもそうですが)重心が高くなりコーナリング時のロール量が増えるのが心配ですが、そんなことはメーカーも充分検討を重ねて通常モデルよりもサスペンションを固めにするなど対応済みと思いますし、なにより面白いアイデアではないかと考えます。

さて、僕が常々「あったらいいなあ」と思うのは、携帯電話の表面に実装可能な太陽電池パネルです。オフィス等明るい場所で尚且つ携帯電話を置いておける時間を利用して、太陽光というか蛍光灯の光で充電できたらとてもありがたいと思うのですけど、、、

まだ、発電効率やパネルの大きさ(小ささというべきか)の問題なのか、そうした製品があるとは耳にしません。僕はもう携帯電話のあれこれ細かな、ある意味gimmickといってもいいような新機能は要らないので、一度普通に家庭用電源から充電したら(太陽光発電のような補助電源を用いて)2週間は持つような性能が一番ありがたいと感じます。

2008年8月23日 (土)

soul-searching

昨日、今日の東京の天気は処暑と呼ぶに相応しい秋の色を濃く帯びていて、過ごしやすいけれど季節の終わりを告げているようでものさびしさを伴っています。

大学一年の頃、季節は違うけどこんな天気の中、当時校舎のあった巣鴨から徒歩で大塚、池袋、音羽辺りまで小雨の中、歩き続けた記憶が蘇ってきました。すこしは日本人が使う外来語の意味での「モラトリアム」の時間を持てるかと思って入学したところ、いきなり専攻したロシヤ語の複雑な格変化の授業などで「モラトリアム」どころではなくなり、この先どうなるのかと考えながら歩き続けたのでした。

そうした精神状態を後に故宮沢元首相が英語で言い当ててくれたのは意外でした。当時のブッシュ大統領が来日したときの晩餐会でしたか、宮沢首相はスピーチの席で「バブル経済がはじけた今、日本人はsoul-searchingの状況にある」という趣旨のことを述べていたのをおぼろげながら憶えています。

さて、1992年当時はデフレでしたが、今はというとスタグフレーションと呼ぶに相応しい世の中です。とはいえ、経済状態を表す単語は違うにせよ、混沌として先の見えにくい時代にいることには近しいものがあります。だとすると現在もまた日本、そして日本人はsoul-searchingをするべき時代なのでしょうか?

2008年8月22日 (金)

IR

8/7に第1四半期の決算発表を行ったので、IRの季節に突入しつつあります。僕はこうした仕事に就く以前は「B/S,P/L,C/Fは短信や説明資料に細かく書いてあるのだから、一体何を話せば良いのだろう」と考えているふしがありましたが、今ではその考えを少しずつ改めるようになってきています。

例えば、会計のルールではP/Lの費用項目に人件費の大半がブックされ、B/Sのアセットに乗るのはエンジニアの人たちがプログラミングした額が一部認識されるだけです。従って、情報を主に扱い決済や物流システムといった重たい資産を持たない当社はいつもPBRランキングの上位を占めているという事態になるのではないか?という僕がずっと抱いている思いは、実際に投資家の方々にお会いして「当社にはこういう優れた人材が在籍して、いい仕事をしてくれています」と説明することで、精神的には幾分そのPBRに対する見方・感覚というのが実態に即したものに理解して貰えるのではないか等々、特別なことではないけれど、オリジナルの価値観をお話できる貴重な機会と思えてきます。

ある種「わかっている者」同士のMetaphorみたいな会話が延々と続くわけです。

来週からもそうしたお話を繰り返ししていくことになると思いますが、会社を少しでもより正確に理解していただけるように努力を続けていこうと考えています。

2008年8月 4日 (月)

首都高5号線

今朝出勤するときに会社の前を走る首都高5号線を見上げると、昨日のタンクローリー炎上事故の影響でどうやら通行止めが続いているようで車が一台も見当たりません。報道によると一部アスファルトが溶けて路面が歪んでいるとか、構造的にも損傷がないか調査する必要があるとか、どうやらこの通行止めかなり長引く虞があるようです。

そもそも、首都高5号線は昔板橋の先で国道17号に繋がってその先が高速道路としては途絶える傍ら、その5号線と繋がってもおかしくない関越自動車道も目白通りに降りてしまいどの首都高にも接続せずといった不思議な、いやモット言えば怪しい位置取りをしています。誰のせいとはいまさら言いませんが。

理にかなっていない筋道の道路がさらに事故で通行止めになる、不幸なことですが、こうなった以上焦らずちゃんと安全を確認しながら復旧して欲しいと思います。

2008年7月22日 (火)

ジーンズの裾直し/ロングテール

週末に夏用の生地の薄いジーンズを2本購入しその場で裾直しをお願いしたら、休日の混雑のせいか予想より時間がかかると言われました。そこで、すぐ傍のタワーレコードに涼みがてら入って海外版のCDをアルファベット順に眺めて時間を潰しました。

普通の規模のレコード店には絶対置いていないようなヴィンテージ物と言ってよいようなCDがたくさんあって80年代を中心に「あれはあるかな、これはあるかな」と昔の記憶を遡りながら棚を見ていたらあっという間に時間が経ちました。

結局、購入したのは一枚だけREOスピードワゴンのThe Hits。なんとも懐古趣味ではありますが、つい手が出てしまいました。他に、Quarterflashも探しましたが見当たらかったです。やはりどんなに大規模なレコード店といえども世の中にある全てのCDを揃えることなんて不可能な訳で、確かに掘り出し物に出会ったときの喜びはありますが、欲しいモノをすべて手に入れるなんてリアルのショッピングでは不可能なことです。

後者の方は、さっそく通販で注文しました。自分の記憶の中に残るアナログな作品をデジタルな手法でリアルに再現する。この夏のちょっとしたマイブームになりそうな予感がします。

2008年7月 7日 (月)

クロスバイクでツーリング

ジャイアント製のFCR Zeroというクロスバイクに乗って、週末久々に30キロほど漕ぎました。今、筋肉痛が始まりつつあります。年を取ると運動した直後ではなく、1日位経ってから筋肉痛になるのはどうしてでしょう。

少し前にステムとステアリングをカーボン製に変更して、且つステムの長さを短くしたので手に響く衝撃も以前より大分楽になったし、前傾姿勢も幾分立ち気味になったので、久しぶりと言っても比較的無理せず漕ぎきったのが正直驚きでしたが。

さて、国道沿いを走っている最中に不思議な光景に出会いました。最初に目に付いたガソリンスタンド手前で軽自動車が立ち止まっていたので、避けようかどうしようかと悩んでいるうちにその車が動き出して一旦事なきをえました。ところが、また1キロ位先の別のガソリンスタンド前で同じ車と遭遇。今度は「何してんだろ」と思い車中を見ながら通過してみたら、どうやらガソリン価格を書き取っているようなのです。

インターネットで公開するのでしょうか、それともチラシ情報みたいにエリア限定で情報発信するのでしょうか?まあ、昨日見たハイオクガソリンの値段でリッター193円という看板があったので、こうした情報に対する需要が増えているのは間違いないようです。

とはいえ、あまり遠くの情報を掲載しても割りに合わない可能性があるし、そもそも遠くまで行って給油したのではCO2削減にもならないし、値段の更新も頻繁だろうし、難しいところだなあと、熱中症になりそうな暑さの中、息を切らして自転車を漕ぎつつ冴えない頭で悩んでしまいました。

2008年6月27日 (金)

不思議な気分

今日は株主総会がありました。そこで昨日は「寝不足になっては大変」と早目に横になったのですが、それが仇となり、今朝は三時前には目が覚めてしまい、それからずっと起きています。そして、外が明るくなるまで何をすることもなく、まんじりともせず、「総会はどんな質問が出るのだろうか」とか「その後の臨時取締役会はスムーズに進むだろうか」などと考えながら時間を過しました。

さて、この夕方ともなると、そうしたことが全て終った訳ですから、気分はすっかり晴れるはずなのに、なんだか脱力感でそんなにハッピーな気分には浸れません。今日が金曜日というのが唯一の救いです。なんだか、高校生時代に季節柄夏休み前の期末試験を連日徹夜の勉強で乗り越えたような感覚が蘇ってきます。

今晩飲んだら酔うんだろうなあ。

2008年4月17日 (木)

道路特定財源

連日マスコミで「道路特定財源」の一般財源化を巡って色々な議論や意見が交わされていて、正直辟易とさえなるほどです。

でも、その報道に接する度に、違和感を感じてしまいます。

というのも、(皮肉を込めて言えば)僕は、「道路特定財源」は既に一般財源化されていると思っています。ただし、国土交通省固有の一般財源ですが。道路以外のところで、箱物や職員の慰安旅行等にあれだけ(合法的に)支出できるのだとしたら、法律でどこまで使ってよいかという定義はともかく、常識的な言葉使いとして「道路特定財源」の表現は相応しくなく、色々なことに支出できるのですから正に「一般財源」なのです。

従って、今回のことをより腑に落ちるように表現しなおすとすれば、国土交通省所管の「一般財源」から財務省の「一般財源」に移管するとでも言えば、(それが良いかどうかは別にして)理解しやすい表題のような気がしてなりません。

2008年4月15日 (火)

ひさびさの病院

風邪で喉をはらしてしまい、今朝、何年かぶりに病院に行きました。リノリウムの床が鈍く蛍光灯の明かりを反射する様や、室内に漂う薬品或いは消毒系のにおいなど、正に「病院」といった感じで、正直少し緊張します。

医者はとても親切で、てきぱきと症状を説明してあっという間に処方箋を貰い、となりの薬局で薬を受け取り、今日から数日食後に薬を飲む生活です。

既に、朝から3回薬を飲み、少し効いてきた感じもします。それにしても、久々だったこともありますが、病院に行く前は相当憂鬱な気分にさせられます。「医者はどんなひとだろう」とか、「意外に重い症状だったらどうしよう」とか、体調がすぐれないだけに弱気な心理状態になったりします。ところが、診察を受けて「お薬出して様子を見ましょう」と言われた瞬間に、気分がすーっと楽になっていくのが分かります。

仕事も嫌なこと、苦手なことから片付けてしまうほうがどうやら良いようです。

2008年1月10日 (木)

御茶ノ水散策

古いフィルムカメラを片手に、今しがた夕暮れ前にお茶の水界隈を歩いてきました。秋葉原の街の様子を観察がてら。改めて秋葉原の街の変容ぶりには目を見張ります。少し足が遠のくと、どんどん変化していて、驚かされます。

その後、会社の方向に歩いていって、JR御茶ノ水駅を神田川にかかる橋の上からシャッター押してみたり、湯島聖堂にフォーカスしてみたりと、ほんの20分程ですがとても贅沢な時間を過しました。

今日の東京は1月としては暖かな一日で、歩いていても気持ちいいと感じます。あと一週間ほどで注文していたマウンテンバイクの部品も届くでしょう。この暖かさが続いてくれれば、年末年始に鈍った体に鞭を入れて、新しいギアとブレーキで武装した自転車で少し遠出をしてみようかと考えています。

2007年12月30日 (日)

年末の通り雨

オフィスのある水道橋は先ほどから雨が降っています。西側や東側の窓ガラスはそれ程濡れていなくて、いつも小石川庭園の借景を楽しませてくれる北側の窓だけが雨粒で景色が歪んで見えます。典型的な寒冷前線のようです。理屈から言えば、温暖前線のそれに比べて短時間に比較的強い雨が降るのでしょうか?

ここ2日ほど東京は生暖かい空気につつまれて、年末の雰囲気は天気からは嗅ぎ取ることが難しい陽気でした。これで、本当の意味でお正月気分に浸れそうです。空気も一層綺麗に感じることでしょう。

来年は、カカクコムは11周年に突入です。generation,score,decadeという刻みはあまり日本人にはなじみがないようですが、新たなステージに入ってゆくことに間違いはありません。今年培った良いモメンタムを加速させていきたいと思います。

2007年12月29日 (土)

記憶の構造

来月下旬に中学・高校時代の同窓と会うことになりました。といっても、彼とは中学一年生のときにクラスが一緒だっただけで、あとは違うクラスです。所属していたクラブも、彼は柔道部、僕はバドミントン部だったこともあり、正直重なりは余りありません。

とはいえ、こうして年末の少し時間に余裕があるときに、中高時代の事にぼんやりと意識をスライドさせると、世の中で起きた色々なことが思い出されます。中学一年の頃のロッキード事件、高校三年のときのジョンレノン射殺事件等々。

そして、それより記憶に鮮明なのは自分自身が関与した私的な体験・経験です。冬という今の季節とシンクロナイズすることもあるのでしょうが、中三の冬に現代国語の教師に引率され寒風の中、隣駅に近いちょっとした高台の小さな公園で、詩集を各自読まされた記憶が急に映像しかも色を伴った形で蘇ってきました。

あの頃、将来自分は何なるのか、漠としたイメージも持てずにいたときに、非常にナイーブな詩を含む詩集を読んで、「なんでこんなことしているのかなあ」と詩心の全く無い自分は教師の意図が汲めないままに終った記憶が妙に鮮明です。普段は封印されている筈なのに。いったい記憶とは閉じ込められた引き出しからどういうプロセスを経て、表層に現れるのか非常に謎が多い気がします。

また、一つ思い出しました。その教師は安藤先生と言って、作家でもあり、また大学の先生でもありました。ペンネームは葉山修平でした。調べると結構本を書かれていて驚愕。今日帰りに本屋で買って年末年始読んでみようかと思います。

2007年12月23日 (日)

新しいメガネをつくりました

今日、新しいメガネを作りました。いつものメガネ屋で視力を測定したらレンズの度は変更の必要なしとのこと。フレームで気に入ったのがあったので、新調しました。たった30分で出来上がり、もうそのメガネをかけています。

軽いのと、蔓とフレームのヒンジ部分にばねが利いておりかけ心地が頗る良いので、すっかり気に入りました。僕はTシャツやメガネ、靴等は着心地、履き心地が装着している間ずっと感覚としてあるので拘る一方で、そうでないもの外套やジャケットなどは「何でもいいや」のタイプです。

人によってお金のかけ方や趣味嗜好は異なるベクトルを持っていて当然でしょうが、その趣味嗜好によって幸せを感じることが重要だと思います。要は、自分が心地よければそれでよいのであって、人と比べて「良いもの・高価なもの」を身にまとっていたり、それを他人に褒められてもそうした喜びは儚い物だと思います。

2007年12月10日 (月)

車の定期点検

この週末、愛車の定期点検にディーラーに行ってきました。今までと異なる点が一つ。それは、主要な点検作業中の画像をデジカメで撮影しプリントしてくれているのです。「ちゃんと点検してます」という証拠写真のようです。

こうすることで、安心を感じるお客さんもいるのでしょう。正直僕もそういう部分が多少ありました。しかしそれ以上に「ここまでしなきゃいけないのか」という気持ちがあったことも事実です。

普段から通いなれているディーラーです。一種Intangibleではあるけれど信頼関係が出来ていると(僕の方から勝手に)思っていたのに一律会社のマニュアルどおりに写真を見せられると、安心と引き換えに構築されたと思っていた身近な距離感が遠のいてしまうような錯覚に似た感覚もあったのです。

安心、或いは安心感と事実や証拠写真は確かに分かりやすい直接的な相関関係にあるでしょう。でも、信頼関係もそれと同様に間接的ではあるけれど安心に結びついているわけです。上手い方法ってないものでしょうか?

2007年10月 5日 (金)

サブプライムローン

サブプライムローンという言葉が世界中を飛びまわっています。一体、その金利水準はどれほどのものかは知りませんが、日本の低金利でさえ住宅ローンを30年も組めば元本の倍位のお金を返済する必要があるわけですから、米ドル金利ではおそらく元本の3~4倍も返済しなければならないのでしょう。

一般に、これは個人宛であっても法人宛であってもそうですが、リスクの高い借入人に対しては高い金利を課すことは理に適っています。ただ、返済余力の無い人に、(リスクが高いからといって)より高い金利のローンを供給したらどうなるのでしょう。当然、返済不能の状態に陥ります。

今回の問題は、そもそも実行してはいけないローンが世の中に出回ったことが発端と思われてきます。これも、お金が余りすぎている功罪の罪の方が顕在化したと考えられます。そして、この問題を収拾するため、再び世の中には中央銀行からさらなる資金が提供されました。中長期的には問題を拡げることさえ懸念されます。

2007年9月17日 (月)

週末のオフィス

三連休の最終日、ちょっとデスクワークがビハインド気味だったのでオフィスに来ています。東京は、残暑が厳しくとても9月中旬とは思えません。仕事の方は、もう大体の処理がすんだのでまもなく退散です。ただ、静かな空間にぽつんと座っていると、普段ざわざわした中では考えにくいことや面白いアイデアなんかも浮かんできて、人間の考え方や気分が如何に環境に左右されやすいものか今更ながら実感します。

さて、人の感情をもう一つ左右するのが体調ではないかと思います。僕はこの夏週末に相当自転車を漕ぎました。腰痛持ちの自分には必ずしも良い運動方法でないことは承知しているのですが、好きなので仕様がありません。また、この暑い中必死で自転車を漕いでいるとストレスを感じることもないくらい苦しくて、ある意味気分転換になります。副次的効果として、随分と体重が元に戻りました。最高68キロであったのが、今朝量ったら64キロでした。昔のジーンズをはいたりして実感してます。

9月も後残すところ2週間を切りました。カカクコムは9月で上半期終了なので最後競輪選手の「もがき」よろしくラストスパートをかけようと思います。

2007年9月 3日 (月)

気分転換

この間、他の会社の社長さんと電話で話をしていて、「最近調子はどうですか?」と尋ねたところ、「まあまあです。でも、まあまあってダメですね!ブレイクスルーしないと!」という言葉が返ってきました。その通りだと思います。まあまあではダメなんだ、と。

日曜日、午前中は30Km程サイクリングで体を動かした後、午後にはちょっと気になる自動車があったのでディーラーに出かけて(発売前の車種ですが)話を聞いたり、見積もりを取ってもらったりしました。丁寧な応対と親切な説明で、「きっといい車なんだろうなあ」という気にさせてくれます。大きな買い物なので即断できる訳もなく帰ってきたのですが、貰ったパンフレットを見ていると、色々な事が頭をよぎる週末ほんの少しだけ気分転換になりました。

いよいよ上半期の最終月の9月に入りました。何もかも上手くいく訳ではないだろうけど、とにかく最善を尽くして、みなさんにも良い結果で喜んでいただけるように頑張るしかない!っと感じている月曜日です。

2007年8月 6日 (月)

Hot dry rock

今日のThe Japan Timesの記事にHot Dry Rockに関する記事が出ています。地下5千メートル位掘削すると高温の岩盤があり、そこに水を注入、蒸気に替えてその力でタービンを回して発電する技術が既にスイスのバーゼルというところで実験段階にまできていると、、、そして、その影響で断層がずれて、なんと地震がおきてしまったと、、、

他にもオーストラリアでも研究が進んでいて2010年頃には実用段階にある由。地熱発電の一種といえばそれまでですが、今まで温泉の出る地域のby-productだろう位にしか考えていなかった僕にとっては、かなり驚きでした。

タービンを回したあとの温水は、家庭の暖房などに再利用したあと、再び地下に注入するようです。かなり環境コンシャスなエネルギー源に聞こえます。だけど、実際にこのエネルギーを広めるためにはコスト削減が最大の克服すべき点のようです。そういえば、(こっちは環境コンシャスではありませんが)oil sandという油を含んだ砂から石油を抽出する技術もコストが原因でなかなか実用にいたっていないと聞いたことがあります。

ただ、ここ2年位ですか大変な原油高の傾向をみるに、化石燃料の生産にも化石燃料が使われている訳ですから化石燃料系エネルギー生産コストが自ら上昇を続けて、地熱エネルギーの生産コストに近づくこともありえたりして、なんて思ったりもします。。。

2007年7月24日 (火)

自転車に乗って、

週末の蒸し暑い天気の中、クロスバイク(06年製FCR Zeroです)で30キロ程家の周りを漕いでみました。購入してから未だ一年しか経っていないし、この間近くの自転車屋でギアの調整をしてもらったばかりなので、チェーンが外れたりということもなく、すこぶる快調でした。

ところで、僕のところにはもう一台購入から12年になるマウンテンバイクがあります。今年に入って、古いのを捨てて新しいのを買おうかと考えた時期もあったけど、タイヤとチューブを交換して時々は通勤にも利用したりしています。でも、よる年波には勝てず、この前ちょっとした段差を降りた際に、フロントのサスペンションがフルバンプして手首に相当な衝撃を感じました。いよいよサスペンションも交換の時期にきたようです。いま、部品を注文していてこの週末には新しい部品に入れ替わる予定です。

これで、フレームとシートポスト以外はほぼ全ての部品が入れ替わったことになりますが、もう一つ消耗部品でそろそろ壊れそうなのがハブです。愛着を持ってしまったが故に、新品を買うより高くついていないか、ちょっと悩んでしまいます。

さて、こうした部品を購入する際にはスペック情報というのがとても大事になってきます。タイヤだったら幅が何ミリだとか、サスペンションだとコイルかエアサスか等々。

自転車ではありませんが、カカクコムではインテリア・家具を探しやすくする新たな検索の仕組みをリリースしました。たとえば、ベッドの幅、高さの情報や素材等から自分の好みの商品を探すことが可能です。いままであるようでなかなか無かった仕組みだと思います。是非、ご利用ください。

2007年7月20日 (金)

Time goes by...

あっという間に第一四半期を終えて、上期も後半に入りました。会社の仲間たちの頑張りもあって、「やろう」と決めたこと(新しいサービス等々)をかなり出来たのではないかなと感じています。

その中でも、最近個人的によく閲覧しているのが「中古カメラ」のカテゴリーです。フィルムカメラなんか見ていると欲しいものが一杯出てきます。しばらくそんな事してないけれど、モノクロフィルムで自宅の愛犬や自転車を撮ったりしたら、どんな風に写るんだろうなどと想像が膨らみます。

物を買う時って、買うまでのプロセス(選んだり、悩んだり)に内在する喜びと、買った後に所有した喜び、使用する喜びのどちらが大きいのでしょう?未だに、結論付けられません。。。

2007年5月 9日 (水)

小説家

中高時代の同級生が小説を出版したとの知らせを貰いました。ペンネームは榊邦彦氏、本名は知っているけど、、、そういえば、かすかな記憶ですが高校時代にも彼は自費で短編集を出版したことがあり、僕も一冊購入した(させられた?)ことがあります。

初志貫徹ということだろうと思います。おまけにこの本は第2回新潮エンターテインメント新人賞受賞だそうです。芸術の才能が全くといって良い程欠如している僕からすれば、いやあすごいなあと、感心するばかりです。

そういえば大学時代の一年先輩にも就職をせず小説家になった人がいます。島田雅彦氏です。僕らが入学直後のオリエンテーションを主任教授から受けているときに、いきなり教室に入ってきて、「君達!これからはブルジョアでもプロレタリアートの時代でもない。プチブルの時代だ!!!」と言い放って、とっとと教室を出て行った印象が今も強烈に残っています。

やっぱり、小説家になる人って、常人とは少し思考回路とか価値観が異なるのかもしれません。

2007年5月 4日 (金)

スポーツ観戦で学ぶ英語表現

松坂投手や岡嶋投手の活躍が見たくて、最近BS放送でメジャーリーグの試合を観戦することが多くなりました。「ただ漫然と見ていても」と思って音声を英語の方に切り替えてみたら、いきなり自分には初めての表現が入ってきました。

日本人が一般に使う"seesaw game"のこと或いはそれに近い意味のことを"cat-and-mouse game"とアナウンサーが言っていたのです。なんだか、トムとジェリーみたいで子供じみた表現に聞こえたりもしますが、確かにそう表現していたのです。

こうしたスポーツに類する英語表現は、学校で学ぶことではなく実際にそのスポーツをテレビやラジオで見たり聞いたりして覚えるしかないように思います。NBAを観てると、バスケットゴールのリムに触らずにきれいにシュートが決まると"Swish!"などと表現しますが、これも擬音的な単語で言われれば容易に想像がつくものの教わらない限り自分からは出てきにくい表現だったりします。

もう本質的に英語力が向上する年齢でもないですが、こういうニッチな単語を覚えるのも悪くないので、暫くはアメリカのスポーツ番組は多少困難を伴っても英語で聞き続けてみようと思っています。

2007年5月 1日 (火)

ガソリンスタンド

今日からガソリンが値上がりするというので、昨夕一ヶ月ぶりにガソリンスタンドに行って給油してきました。まだタンクには半分位ガソリンが入っていたのですが。そのついでに、久しぶりに水洗いの洗車もお願いしたので、洗車が終わるまでの間スタンドの建物の中で何をするでもなく「ボーっと」待っていました。

で、店内を見渡すと前回洗車時(2ヶ月前位?)と置いてある雑誌が随分入れ替わっていることに気がつきました。もともと、ガソリンスタンドということで自動車関連の雑誌が大半を占めていたのですが、今回は半分位がペット関連の雑誌になっていました。また、そのほかでも自動車の室内でペットの毛を掃除する道具であるとかペット関連用品を販売していたり、また前提条件として「躾さえちゃんとしてれば」店内に犬や猫など一般的なペットの持ち込みはOKと書いてありました。

まあ、でも洗車や給油待ちで店内で休んでいるお客さんが全員ペット好きという訳でもないでしょうから、我が家の柴犬を連れて行こうなんて気にはまだなりません。喫煙コーナーの様にペット好きコーナーを特設して貰えるなら話は別ですが、、、、

まあ、それでも柴犬は飼い主以外にはなかなかなつかないので、(専門のトレーナーに訓練もお願いしてはいるものの)見ず知らずの人が集まるところは正直ちょっと気が引けます。もう少し訓練の成果を見てからにしようかなと、、、

2007年4月26日 (木)

JRキヨスク

二週間位前でしょうか、新聞系の情報サイトでJRキヨスクの一部でリストラ後の人材補充が上手くいかずに関東圏にあるお店の1/3程度の店舗が臨時休業中であるとの報道がありました。

そのせいか判りませんが、僕が通勤に利用する駅でも改札付近のキヨスクは開いているのですが、プラットホーム上にあるキヨスクは全て休業状態です。プラットホームまで降りてから「新聞が買いたい」「チューインガムが欲しい」などと思ってもIt's too late!

今ではかなりこの状態に慣れてしまい、事前に改札のところにあるお店で買い求めるようになったのですが、最初は相当不便を感じました。いったいいつになったらキヨスクは元のレベルの稼働率に復旧するのでしょうか?それとももうこのままで行くのでしょうか?

身近で便利な存在なだけに、復旧を望みますし、さらに新たなサービスが加われば良いなあなんて勝手に願っています。(蛇足ですが、今オープンしているキヨスクはどうも繁忙時間帯を除いてはポスシステムを導入したようですね。店員さんが暗算でおつりをくれるのを見るのがとても好きだったんですが、、、)

2007年4月23日 (月)

選挙運動

地方選挙が今年は相次ぎ、週末自宅の周りを自動車に乗った候補者の人達が自分の名前を連呼するのを耳にします。

僕は日本以外に台湾とアメリカに住んだことがありますが、その何れにいたときにも選挙運動を目の当たりにしてきました。台湾はとても日本と良く似ていて選挙カーが選挙区を走り周りお祭り騒ぎです。おまけに(今はどうか知りませんが)駐在時には選挙は本籍地において投票するという、日本の常識を超えた規則があって台東出身で台北で働く人が飛行機に乗って投票のために帰省するということを目にして驚いたことを今でも覚えてます。

一方、アメリカは選挙といっても街なかは静かなもので、(大都市以外は電車通勤よりもマイカー通勤が主ですから)高速道路沿いに候補者のバナーが目につく程度です。寧ろ、候補者による討論会が頻繁に催されて、それを聞いて有権者が誰に投票するかを決めているようです。また、来年の大統領選挙ではインターネット上での情報発信が選挙の行方を大きく左右することは必定のようです。

7月にも参議院選挙があるようですが、日本の選挙運動スタイルも時代とともに変わっていって、新たな技術も積極的に取り入れて、候補者の考えや意見が今まで以上に広く、正しく、迅速に伝わる方法が導入されれば良いなあと思います。(本音で言えばスピーカーで名前を連呼するやり方は辟易としてしまい、逆効果ですらないかと今回感じました)

2007年4月20日 (金)

治安と経済

アフリカのスーダンで国連の治安部隊をいつどれだけの規模で投入するかを巡って、同国と国連、アメリカ、中国などが交渉にあたっていると新聞やテレビで連日報じています。ある英字新聞の記事によると、今やアメリカの影響力よりも中国の方が勝っている由。何故なら、中国が同国の生産する石油の最大輸入国であったり、経済的な影響力が相当程度強まっているからだと、、、、

それにしても、スーダンの治安はかなり悪いようです。これだけ天然資源に恵まれているのであればロシヤ並みの治安さえ手に入れることが出来れば、経済も更に豊かになって、そうすれば失業率の低下をもたらし、さらに治安も沈静化するというプラス効果の連鎖が期待できると思ってしまうのは僕だけでしょうか、、、(もちろん、同国の混乱は失業問題が根幹の問題ではないでしょうが)

翻って、僕らが日本で経済活動を自由に行えるのも法律の整備はもとより、キチンとした治安があってこそです。まあ、最近はFreedomとLibertyを履き違えてはいけないという基本の価値観の教育などはもっと子供の頃から徹底した方が治安にもプラスに働くのではと感じることも多々ありますが、、、

2007年4月18日 (水)

学友/記憶

最近、随分ご無沙汰していた学友と偶然と必然の双方で会う機会がありました。年相応に変わった部分もある一方で、昔の面影もしっかり残っていて、「ああ、自分もこういう風に人から見えるのだなあ」と思ったりします。

さて、彼等と話をしていると普段は全く思い出せないような学生時代の「些細な出来事」が次々に記憶としてよみがえってきます。一体、そんな事柄を自分の脳のどこに格納されているのかと、自分自身が判らなくなる程に、、、

途切れがちな脳神経のシナプス同士が友人の顔をみることで再度連結されて思い出すのでしょうか?あんまり過去の話にばかり興じるのもどうかと思いますが、純粋に友人と語らう楽しみに加えて、過去の記憶のたな卸しという副次的な効果を感じているこの頃です。

2007年4月 9日 (月)

足腰の強化

金曜日に続き週末もサイクリングをしました。この三日間で100キロメートル程走ったことになります。特に日曜日の早朝には、とても性能の高そうなロードレーサーに乗った人達と遭遇しましたが、脚力の違いからかほぼすべての人の後塵を拝する羽目になってしまいました。そしてその結果、今日は駅の階段を上るのも「キツイ」と感じるテイタラク。ローマは一日にしてならずを実体験したような気持ちです。でも、まあ運動しないよりはした方が良いのだし、、、「足腰も鍛えられるし」と前向きに考えるようにしています。

ところで、㈱カカクコムもグループをあわせるとカカクコム、フォートラベル、食べログ、YoyaQ etc.気がつけば随分多くのサイトを運営するに至りました。前期までは新サービスの立ち上げを最優先できましたし仕方の無い部分もあったのですが、ここらあたりでIDのあり方等インフラの整備にも力を注いでいく必要を痛感しています。今期からはeiga.comも加わったことですし、ユーザーの皆様により快適にサービスをご利用頂く様に工夫を重ねて行きたいと考えてます。サイト間を結ぶグループ結集力というか「足腰の強化」を目指して、、、

2007年4月 4日 (水)

夢の備忘録

夢を見ました。あまり見ない性質なのですが、、、

その中では僕はレポーターのような仕事をしているようで、「自宅の地下深くタテ型のトンネルを掘り続けている」科学者を取材に訪れている場面から始まります。

僕:「どうして地下に穴を掘っているんですか?」

科学者:「長生きをするためだ。わからんのか?」

僕:「地下に住むと長生きできるんですか?」

科学者:「その通り。理由は言わんでもわかるじゃろ!」

僕:「・・・・・・。うーん。あっ、そうだ、Stephen HawkingのA Brief History of Timeの一節の水柱の上と下では重力だか質量だかの影響で時間の流れる速度に違いが生じるという理論と一緒ですか?」

科学者:「(満足げに)そうだ、そのとおり」

と、なんだか夢なのに夢の無い話でしたが、見終わったときに目が覚めて時計をみたら午前2時。それから「どうしてこんな夢を見たんだろう」「なにかサブリミナルで感じていることのmetaphorに近いものがそこに存在するのだろうか」などと考えているうちに、朝になっていました。普段夢も見ずぐっすり熟睡タイプなので、余計に不思議な気分です。

2007年4月 2日 (月)

ペットショップ

近所のペットショップにときどき我が家にいる柴犬のために「犬のおやつ」を買いに行きます。この週末も立ち寄って何種類か求めました。

「ささみジャーキー」だとか「ヨーグルトクッキー」だとか、さすがに自分で食べてみたことはないのですが、鼻を近づけて匂いを嗅ぐと結構おいしそうな感じです。(実際に食べたら、味が無くて人間にはおいしくないでしょうが、、、)

さて、この週末のペットショップは特にお客さんでごった返していました。春という季節とペットを飼いたいと思う衝動は何か関連性があるのでしょうか?たとえば、大学生や社会人になって子供が別居したときに寂しさを紛らわす一助に飼うだとか、引越しシーズンですから住み替えを機にペットを飼うとか、、、、

ただ、ペットショップの子犬や子猫を短時間抱いて「カワイイ」と感じるのと、飼い主になる責任は全く異質といってよいものです。是非、覚悟を決めた上で飼って欲しいと思います。

2007年3月30日 (金)

インタラクティブであること

インターネット/メールや携帯電話等の普及によって、日本においてはどこで何をしていても外部と繋がっている状態が常態化することとなりました。一概に言えば「便利になった」という表現が妥当であることに疑問の余地は少ないと思います。

一方で、これは僕の習性なのでしょうが、ふらっと一人で出かけたくなるときがあります。平日だったら(地下にあって携帯電話の繋がらない)バーで飲んだり、休日だったら一人で(どこに行くとは敢えて決めずに)ドライブに出かけてみたりと、誰かと会うとか、どこかで何をするという明確な目的を持たずに「取り敢えず」気持ちの落ち着くことをしてみる、そんな些細なことが、実はとても気持ちのリフレッシュに役立ったりします。

リアルであれサイバーであれインタラクティブであることを常態化させることは、外部と双方向的に繋がっているわけですから、連絡を貰えば対応しなければという(ある種)緊張感のようなものが自分自身の中に継続して蓄積していることとも受け取れます。

周りの人達を見ていても実際肌で感じるのですが、オンとオフを上手に使い分けることが、現代社会の上手な過ごし方と言えるようです。

2007年3月28日 (水)

予見/予断

この間仕事の帰り途、電車に乗っていたときのことです。JR新宿駅で停車中、窓の向こうに逆方向に向かう電車と隣り合わせになりました。

その時、(本当は隣の電車が発車したのを見ていて「錯覚」を起こして)自分の乗っている電車が動き出したのだと思い込みつり革につかまっていながらもヨロメカナイように進行方向の側に体重をかけてしまいました。

見た目は数センチ体が斜めになっただけなのですが、正直恥ずかしい思いでした。見る人が見れば勘違いしたことが判る程度には体を動かしたような気がするので、、、

その時、ビジネスやその他のシーンでも、(慣れている行為の方が起こりがちですが)これと類似して予見/予断を下に、事実の確認を半分或いは全部怠ってしまい、誤った判断を下す可能性があるのではとの考えが頭をよぎりました。

「こうなっているだろう」とか「こうなる筈だ」等と、慣れている日常業務に近い仕事こそ、実際に確認すると「前回と微妙に異なる事実」に気づかされることが間々あるものです。早く/速く仕事をこなすことが求められるケースもこういう業界ですから多々あるのですが、時々は立ち止まって十分確認をすることも忘れないようにしたいものです。

2007年3月26日 (月)

シャッターチャンス

我が家は柴犬をペットとして飼っていますが、週末など長い時間を一緒に過ごしているとカメラに収めたい!と思うようなシャッターチャンスが時々訪れます。でも、「デジカメどこに置いたっけ???」などと部屋の中を歩き回ると犬も気が散るのでしょう、僕のことを追ってきたりしてその「シャッターチャンス」は台無しになってしまいます。

こうしたことにならないようにするには、四六時中カメラをズボンのポケットにでも入れておけば良いのでしょうが、そこまでカメラ好きでないあるいはペット好きでない僕にとっては所有するカメラの大きさから言っても習慣化するのは難しいことのように思えます。

それじゃあ、本当にコンパクトなカメラ(デジカメでなくてもこの際良しとして)を買って土日ずーっとシャッターチャンスを狙ってみようかとも考えます。一番嵩張らないヤツはどんな機種なのか、社内の詳しい人に教えて貰おうかと思う週末でした。

2007年3月22日 (木)

薬の処方

なんだか最近インフルエンザの特効薬の副作用問題に絡んで、「日本人はすぐ薬に頼る一方で欧米の人はそんなに薬を飲まない」みたいな話をテレビなどで耳にします。

そんな単純なステレオタイプな話ではなかろうに!と、嘆かわしく感じるのは僕だけではないと願いつつ、、、

たとえば、Antibiotics即ち抗生物質を処方される際など、むしろ日本と欧米は逆で「耐性の強い菌等が体に残らないよう」抗生物質の投薬期間は欧米の方が圧倒的に長いのが通常でしょうし、投薬期間中は薬の体内への吸収を妨げる可能性のある乳製品など「絶対に摂取しないように」と医者にキツク注意されたりします(もちろん薬の種類によって注意内容はさまざまです)。

慣習や保険制度の違いは認めつつも、真に患者のために最良な投薬治療の方法を探って実行に移して欲しいものです。

2007年3月20日 (火)

PC交換

会社で使用しているPCを交換してもらいました。実に入社5年で初めての交換です。確かに、今まで使っていたものよりも数段いや数倍の快適さを提供してくれるので、感動すら覚えます。

一方で、今までお世話になったPCにも愛着が非常に強くしばらくは傍に置いておきたいとも思います。人の物に対する思い入れというのは実に不思議な感情です。機能さえ良ければ、それでOKと思いがちなオフィスのPCでさえ、毎日使っていると徐々に「愛いやつ」みたいに変質してゆくのですから、、、

そういえば購入して12年目に入ったダイヤモンドバック社製のMTBですが、結局買い換えるのではなく劣化したパーツ交換にとどめることに決めました。シャーシは未だ十分使えそうだし、アメリカでも台湾でも乗ってきたシロモノだし、日本ではなかなか見かけないレア物だし、(捨てられない理由をあげつらっては)捨てる気持ちにはなれませんでした。結局のところ。

これからも年齢を重ねるにしたがって、さらに捨てられないものが増えていきそうな気がします。

2007年3月15日 (木)

エクスプレス・レジ

スーパーマーケットだとか、あるいはスターバックスなんかのレジに並んでいるときに、自分の買い物のアイテム数が(牛乳一本などと)凄く少なかったり、或いは調理する必要の全くない「ホットコーヒーのショートサイズ」だけを注文する場合によく思うのですが、「エクスプレスコーナーを作ってくれないかなあ」と。

アメリカではスーパーマーケットでよく見かけます。買い物のアイテムが5個以下でキャッシュで払うこと等が条件となっているレジです。すぐ会計が終わるのでとても便利です。スターバックスでもホットコーヒーの注文だけができるレジを作ればずいぶんお客を処理する速度が上がるような気がするのですがどうでしょう。実現したらいいなあ、、、

2007年3月14日 (水)

偶然/必然

この間、千代田区の一番町というところに用があり、タクシーで行きお金を払って車から降りた瞬間に、学生時代の友人とバッタリ出くわしました。5,6年ぶりの再開です。

お互い、「なんでこんなところで」という感じでした。そういえばここ一週間ほどの間に、(すべて約束してでのことですが)この頃の友人と立て続けに会う機会があったので、「何かの縁かなあ」「ほんとに偶然なのかなあ」とボンヤリと考えてみたりします。

こんなことを人に話すと「人と人って引き合うことがあるらしいよ」などと、まるでその出会いが「必然」であるかのように返してくる人もいますが、どうなんでしょう???

いずれにしても元気そうな姿を見れて、なんとなく嬉しい気分です。今度はこれを「縁」に連絡をちゃんと取って近況など話せたらなあなんて思います。

2007年3月 8日 (木)

喫茶店のカレー

今日はお昼からついさっきまで半日外出でした。途中、20分ほど時間が出来たので、目の前にあった喫茶店に入り食べ損ねた昼食を頂きました。

お店の人に「一番早くできるやつを!」と言ったら、5分で「カレーライス」が出てきました。早いことに感激、そしてハヤシライスっぽいトマト味にも妙な懐かしさを感じて勝手に感激して、美味しく頂戴しました。

そういえば喫茶店が出しているカレーって、最初はサイドメニューだったのが後にメインメニューっぽくステータスが変化する場合をよく見かけます。たとえば、東京神保町のエチオピアも店のたたずまいからもかつては喫茶店であったと思われますし、吉祥寺のくぐつ草も(こちらは喫茶店としてコーヒーも健在ですが)あと何年かして訪れたらカレーの店みたいになっているやも知れません。

こうした変化を進化と呼ぶかか退化と感じるかは人ソレゾレでしょうが、いずれにしても喫茶店のカレーには意外と奥深いものがあるなあと、20分の間に思ったりしました。

2007年3月 6日 (火)

年齢と言語(仮説)

昨日、イギリス人の男性を交えて合計4名で夕食を共にしました。そういうことを訊ねるのはタブーですから、正確には判りませんが彼の年齢は50過ぎ位でしょうか?その人が話していてあるフレーズを耳にしたとき、前にも感じたことを思い出しました。

そのフレーズとは、"at the end of the day"というものです。「結局のところ」などと訳されることが多いようですが、彼の年齢以上の英語を母国語とする人と話をしていると、このフレーズが頻繁に挿入されるように感じます。前にこのフレーズをよく使っていたのはカナダ人で60歳位の銀行員でした。うーん、何故だろう。何か、傾向みたいなものがあるのか???

翻って、日本語/日本人に目を向けると、それ位の年代の人との会話で、「つまりねえ」「それはねえ」といった言葉が耳に残ります。相対的に、人生経験が豊かな訳ですから、こちらが教えを請うような疑問文を投げることも一因でしょうし、これまでの経験から長い議論(きっといつも辟易としてきた筈です)に終止符を打つ「常套句」みたいに(無意識に)使用されている可能性もあると思います。

さて、自分(44歳)がこの言葉をどれ位使っているのか、経験も人を充分納得させる/説得する程豊かでもない中途半端な世代で、あまり頻繁に使用すると「生意気だ」「知った振りをして」等と相手にあまり良くない印象を抱かせる気もするので、これから意識を高くして自分の会話を見つめていこうと、感じました。

2007年3月 2日 (金)

再び円高

今週はずいぶんと円高に振れました。円・ドルのキャリートレードとか言われてる手法でアービトラージ取引をやっている人々にとっては辛い一週間ではなかったかと思います。まあ、為替予約を入れていれば当面はリスクヘッジされているのでしょうが長くこの傾向が続けばいつまでも同様のことを続ける訳にもいかないでしょう。

これは日本に限定的な事象だったかも知れませんが、HRR(=ヒストリカル・レート・ロールオーヴァーだったかな?)という為替予約の先延ばしを禁止したときにも企業の貿易担当者は大変な思いをしたと記憶していますが、キャリートレードは資本取引というべきもので規模も実需に紐付いていない分、桁違いに大きいでしょうから今後の為替市場へのインパクトには注視が必要な気がします。

それにしても、世の中少しお金が余りすぎたのかもしれません。悪いことばかりではないと充分分かっていつつも、、、、

2007年3月 1日 (木)

原文とコメンタール

法律とか判りにくい規則みたいなものが発表されて、それを理解しなければならないときに、原文を逐条で精読しその意味を把握そして自分の置かれている立場上必要な対応や措置を実施に移す、といった一連の行為をきちんと出来る人ってそうはいないと思います。

そしてこれをショートカットしようとつまり意味の把握を楽にしようと、コメンタールみたいなものを買ってみたりするのが(僕も含めた)普通の人の思考回路ではないでしょうか?ところが、そのコメンタールに頼りすぎるあまりに、法律や規則の原文さえも読まずに済ましているケースが偶にではありますが目にすることがあります。

全部が全部、原文を逐条で読めとはいいませんが、勉強でも仕事でもあまり手を抜いてばかりいると、自分が主体的に物事を見つめて体系的な把握する力にかげりがでるような気がします。そうならないよう、忙しく感じるときこそ自らを戒め続けないといけないなあと思います。

2007年2月28日 (水)

金融業界

証券会社の上場廃止に関する記事が日経新聞一面を飾っています。外資系・国内のいくつかの金融グループが当該証券会社をのみ込むのではといった憶測の話もテレビを賑わせているようです。

この記事で、実は話題に上らない他の大手金融グループの方が内心穏やかではないのではと、感じました。今まで一番或いは安定していると思っていた自分たちのポジションがいきなり再編で逆転したりするのですから、頷ける話です。

一年後になるのか、いつのことやら見当もつきませんが、後で振り返ると「今回のことが引き金だった」と思える金融業界再編が起きても全く不思議でないと思います。

2007年2月23日 (金)

金利上昇と銀行の利鞘改善

以前このブログで金利上昇について書きました(2007/1/14)。その時の(いやな)予感があたったようで、理屈とは逆に銀行の利鞘は改善するようです。というのも日銀が金利を25bpつまり0.25%p.a.引き上げた後の色々な情報を総合すると、「大手銀行の預金金利は大体0.15%程度の上昇である一方、貸出金利の方はきっちり0.25%上昇する」ようなのです。まあ、細かく見れば期間や金額によって一概には言えない部分があるのでしょうが、、、

然し、過去の護送船団方式のような銀行経営は既に崩壊しているので、ネット専業銀行や外資系銀行などはこれとは異なった施策を打って、収益チャンスを狙ってくる可能性は充分あると僕は思っています。

「円預金について消費者の側に立った役に立つコンテンツは出来ないものか」難しいテーマですが、カカクコムの外貨預金金利比較のコーナーでお付き合いのある金融機関の方とアイデアを交換してみようと、たった今心に決めました。

2007年2月22日 (木)

MardiGras

今日の東京は2月としてはとりわけ暖かく感じられ、実際外出の際に通りかかった北の丸公園のあたりでも日向ぼっこをしている人を多く見かけました。東京とは思えません。これに近い気候って、僕の暮らした土地ではテキサスのヒューストンが似たものとして当てはまります。

そういえば大体この季節にアメリカ南部(ルイジアナが代表格でしょうか?)でMardiGras (マルディグラという発音にちかいです)というお祭りが行われます。謝肉祭などといわれていますが、実際の経験ではパレードに参加するとビーズみたいなものが投げられて、参加者みんなで取り合うみたいな、日本の節分ともちょっと違った趣であったと記憶してます。

こんなことを考えたのも、今日の気候に加えて近々テキサスの方とお会いする機会がありそうだからです。久しぶりに、駐在当時の記憶を辿りつつ現在のテキサスの様子など聞いてみたいと思います。

2007年2月19日 (月)

自転車の深み

いつも世話になっている近くの自転車店の店長さんがCOLNAGO製フラットバーの自転車に乗っています。リンクの写真と外見で唯一の違いは、ステム(フレームとハンドルをつなぐ部分です)が逆付けになっていて、結果さらに前傾姿勢が取れるようにセッティングしている点でしょうか?

店長がお店で働いているときは、売り物の自転車と一緒に天井から吊ってあるのですが週末等前を通りかかる度に、「これで毎日通勤しているのかあ。カッコ良いなあ」と嘆息しきりの状態になります。

どうしてそんなに自転車が好きになったのか自分にもわかりません。でも、前にもこの場で触れたことですが、自転車は人力で動かす機械ですから(手・足・腰を通じて)直に路面の状態や機械類と接することが可能で、その結果として自動車よりもパーツの性能のちょっとした違いを肌で感じ取ることができる点に僕が魅力を感じていることは事実です。

たとえば、ヘッドセットというハンドルのベアリング類を良いパーツに代えると本当にハンドリングの違いを感じますし、変速ギアにしたってグレードを上げると漕ぐときのスムーズな感じに相当の差が出ます。こうした楽しみ?を、自動車で感じるためには、桁違いの金額をかけてチューニングを施さないと難しいでしょうし、そもそもそうしたチューニング自体パーツややり方によっては保安基準等の縛りで不可能なことも多いはずです。

比較的手軽に弄れて且つその変化を楽しむ、更には健康にも良い遊び!そんな嗜好を満たしてくれるのが、僕にとっての自転車だったりするのだと考えています。

2007年2月16日 (金)

議論のシャッフリングとその効果

会社の会議等で討議をする上で、あまりにすっと話が纏まりそうなときって、妙な違和感とか「本当にこれで良いのか」と思い、口を挟むことがあります。結論はこうあるべきだとの予定調和を連想することなく。

その後、議論はリシャッフルされ、再度「結論」めいたものに収斂してゆく様を見るとき、不思議と(結論が自分の持論と合っているかどうかに関係なく)安心感或いは納得感を得ることが大いにあります。

きっと、シャッフルしたために、「議論を尽くした」と脳が感じるからではないでしょうか?人間とはこれ程単純なのか、と嘆息したり諦めたりの連続が、仕事をしていると僕の周りに付きまといます。ただ、better than (doing) nothingという諦観を持ち出すまでもなく、やっぱりそのプロセスは意味無しとは思えないのです。

他の方々はこの辺りのことについて、どう感じているのでしょう???

2007年2月15日 (木)

原理原則と原理主義

仕事の上でも、それ以外でも「原理原則」を守らないと、換言すれば行き当たりばったりな対応に終始すると、何事も壁にぶつかった際の突破力が(結果として)劣ってしまうと、自分自身の経験を踏まえ且つ自省の念も込めて感じます。

内容・質は全く違うのですが、時々思い違いをしているなあと感じるケースで、「原理原則」を忘れないのではなくて、「原理」を振り回すいわば「(悪しき)原理主義」とも呼ぶべき乱暴さをむき出しにする人をごく偶にですが見かけることがあります。勿体無いのは、その人の意見に耳を傾ける価値が含まれている場合であっても、人心を惹きつけることは成し難く、結局自論が通る可能性は低くなってしまい、結果暴力(的)行為に訴える羽目に陥ることになることが多いように思います。

インターネットというまだまだ発展途上の業界など特に当てはまのではと考えますが、原理原則を守り抜く部分と、良い意味で朝令暮改を良しとする部分のすみわけ・整理の上手い人が活躍しているように感じます。

2007年2月 7日 (水)

花粉症

昨日くらいからでしょうか、朝起き掛けにくしゃみが出るようになりました。風邪のようでもなく、どうやら花粉症を発症したようです。最初に発症したのが15年くらいまえなので、長い付き合いになっています。他の人と比べ、症状が然程深刻ではないので、春先の恒例行事として受け入れてます。

ところで、花粉症って英語では直訳的なpollen allergyというよりは、hay feverと言うことの方が一般的なような気がします。「藁熱」と花粉症というのがどうもイメージとして結びつきません。英米の人たちは、違う要因或いはメカニズムで発症するのでしょうか?

また、台湾にいたときは全く花粉症が発症しませんでした。アレルギー源の花粉が台湾には無いようです。いずれにしても、2月初めからこんな症状になるなんて、これも温暖化のなせるわざと感じます。

2007年2月 5日 (月)

体力との闘い

昨日、会社に立ち寄って平日やりきれなかった仕事を済ませた後、まっすぐ帰るのもしゃくなので、またまた車で寄り道しちゃいました。いつもの千葉の方面へ、、、

高速と一般道合わせて片道150KM程を2時間程で走って、20分くらい休憩。その後、自宅まで直行というパターンで、幸い渋滞もほとんど無くて相当気持ちの良いドライブでした。とはいえ、正直なところ体力の衰えも垣間見えたのも確かでした。

特に、膝です。僕はマニュアルシフトの車しか今まで所有したことがなく、慣れてはいる筈なのに、左ひざつまりクラッチペダルを踏む側に、最後の方は軽い痛みが伴いフットレストに足を固定したままだと辛いので、曲げたり伸ばしたりしながらの運転でした。クラッチは相当に重たいタイプなので、仕方無いと片付けるのも簡単ですが、冷徹に自分を見つめると膝の筋力が弱くなっていることは間違いないようです。

体力維持のためには犬の散歩だけでは充分とはいかないようです。冬の間控えていた自転車を再開とするか、とにかくなんとかしなくては、、、

2007年2月 1日 (木)

オーストラリアの干ばつ

おとといのジャパンタイムズの記事ですが、オーストラリアが干ばつに襲われて大変なことになっているとありました。この干ばつに対処する手段として、大きな議論を巻き起こしているのが、「Sewageつまり下水を浄化して飲み水に再利用するか否か」というテーマです。最も被害がひどい州では、住民投票で是非を問うこともせずにこの政策を実行に移す予定であるとか、、、

ただ、問題はコストが大変にかかることと、そもそも下水を飲み水に再利用することに対しての心理的抵抗感が強いことに収斂されるようです。特に、後者は品質的には大丈夫であっても、心情的になかなか受け入れるのが難しいようです。

(記事の中には、アメリカのカリフォルニア州やシンガポールの一部では、この技術を使って下水を飲み水に利用している実績が既にあるとなっていましたが、、、)

早く、まとまった量の雨が降ってこの議論が不要になることを、遠い日本からではありますが願わずにはいられません。

2007年1月30日 (火)

秋葉原あれこれ

最近秋葉原の界隈(特に大通りから一つ道を中に入ったところあたり)にケバブのテイクアウト店が目立つように感じます。密度の高いところでは数十メートル四方に複数のお店が乱立するなど、少々競争過多なのでは?とさえ感じるほどです。

作っている店員の人もどうやらトルコ?あたりから来ているようで、店頭で作る人の表情の真剣さからも本格的な味なんだろうなあと思わせるオーラが漂ってきます。一度食べてみたいのですが、一人だと注文にも戸惑いそうなので、当社「アキバ総研」を担当している人にナビゲーションしてもらった方が良いかもしれません。アメリカなんかのスタンドでは他にギリシャ料理のGyroというやつなんかも人気ですから、こうしたテイクアウト店ももうすぐ出現するかも知れません。いやもう既に出てきているのかも、、、

それにしても、いったいいつから秋葉原にこんなにケバブ屋さんが出るようになったのでしょうか。経緯は全く知る由もありませんが、他にも萌え系といわれるお店、このようにインターナショナルなお店、そして海外からの観光客が入り混じる雑多な客層、どれをとっても不思議且つ飽きない、他にない魅力を放っています。

何が流行るか僕のような者の予想を超えて発展する秋葉原。これからも観察し続けていきたい街の一つです。

2007年1月29日 (月)

円安

先般、日銀が金利を据え置いた後くらいからでしょうか、日本円の下落傾向に拍車が掛かっているようです。当社グループで運営する「外為羅針盤」を見ていたら、午後に122円/ドルを付けている場面もありました。

これから卒業旅行で海外に出かける学生の方々には、財布に厳しい状況です。今後、円高/円安に拘らず少額から始められる毎月一定額の「積み立て外貨預金」みたいなものをやっては如何でしょう?溜まったら、外貨の現金やトラベラーズチェックで引き出したり、或いはクレジットカードの決済口座をこの外貨預金に指定して、海外に出て外貨を使用する際には既に為替リスクはヘッジされていると、安心して海外旅行で買物やサービスの購入が出来ると思うのですが、、、(もうそういう商品開発されているのかも知れませんね)

さて、市場はどういう判断をするか分かりませんが、この円安のレベルが長く放置されると色々な政治問題にもなるでしょう。来年は大統領選挙の年でもありますし。とすると、最悪、当局による市場介入なんてこともあったりして、、、

2007年1月28日 (日)

環境資本

天然資源価格の高騰に後押しされる等してBRICSの台頭が著しいとよく耳にします。また、企業部門の家計も営業及び財務活動からおよそかつて無かったほどのキャッシュフローが蓄えられて、資本主義社会が席巻した現代においても空前・未曾有の「金余り」時代に突入しています。

そのような時代をはじめて経験している現代の経営者は、単なる設備投資でプロパー・自力では実現不可能な程の期待値を背負い、会社の価値を極大化するという金科玉条のためには世の中にあまっているお金を掻き集めてM&Aや業務提携を繰り返して投資家の熱い期待に応えよう、と日々奔走しています。

これは、ある程度は仕方のないことなのだと、諦めと嘆息を持って受け止めてしまう僕がそこにいます。会社とはそういうものだ、という前提で生活することを余りに当たりまえに受け止めて、余りにも長く生きてきたからかもしれません。

一方で、社会全体或いはもっと視野を広げて人類以外も全て含む地球全体のB/S(貸借対照表)みたいなものをイメージすると釈然としない気持ちが沸々と湧き起こってきます。つまり、キャッシュを含む、人類が築き上げた財産を左側の「資産」の部におく一方で、それを生み出すために費消した資源、破壊した自然・環境といったものを右側の「負債」の部に仮に置いてみたらどうでしょう。

「資産」-「負債」=「資本」の部分が増加していれば、あるいはもう暫くの間諦めたままで良いのかもしれませんが、取り返しのつかない破壊があれば(換言すれば、蓄えた資産を再度利用しても割りにあわない程、若しくは修復不可能なほど負債が増えている或いは質的に劣化していれば)、いますぐ僕らの経済活動や社会生活のあり方を見直さなければいけないのではないでしょうか?会社のB/Sがそんな状態の場合、銀行は「繰越欠損先」とか「債務超過先」と格付けして、抜本的なリストラ策を迫るのですが、人類全体にそのようなことを迫る権威はまだ現出してません。残念ながら、、、

もっと飛躍的に効率的な社会生活・経済活動みたいなものを実現する、企業価値の算定に環境資本への貢献を参入するとか(今までの価値観では「痛み」を伴ってでも)抜本的な解決策を今すぐ立てて行動に移さないと、きっと後悔をするだろうという確信をもってしまいます。オフィスの窓の下に広がる小石川庭園の様子がまるで既に三月のような麗らかさを不気味に湛えているのが、この高い所からも実感できるのを考えると、、、

2007年1月26日 (金)

時間の感覚

月曜日からカウントした場合のこの一週間の時間の流れは、いつにも増して速かったような気がします。否、正確に言うと、時間の感覚そのものが少々麻痺していたといった方が適切かもしれません。今日も、都内のあちこちを移動している最中に、木曜日なのか金曜日なのか迷いました。

いったい人は、時間の経過するのをどのような感覚で捉えているのでしょうか?他の人とこのテーマで話し合ったことはあまりないのですが、僕のケースで言えば「一昨日は誰とこんな話をした」とか「昨日はあの会社とあんな商談をした」といった経験・記憶といったものを翌日或いは翌々日あたりにまるで牛の反芻のように繰り返すことで時間の経過といった感覚が養われるのではないかと思うのです。

それが、新しいことを立て続けに経験したり、スケジュールが極端に詰まってきたりすると一瞬ですがそうした「反芻」行動がおろそかになって、結果として時間の感覚が麻痺したように感じるのではないかと、この一週間を今初めて振り返る時間が持てて考えています。

2007年1月23日 (火)

滝上宗次郎氏

今外出先から戻ったところです。大学を卒業して社会人になったばかりのときに、入社した会社の研修期間中の指導担当者の方だった、滝上宗次郎氏が亡くなられたとの報に接し呆然としています。

滝上さんには、三週間泊り込みの研修最終日にカーネギーの『人を動かす』という本を受け持ちの研修グループ全員に授けて頂いたことを今でもついこの前のことのように想いだされます。

そして、配属する支店が決まったとき、「初日は、朝7時半には現地に到着し周りの様子を掴んでから支店に行くように」とのアドバイスも貰いました。

頂いた本からも、耳に残るアドバイスからも「現場主義」を説いておられたと痛感しています。

ところが、僕が入社1年目の冬くらいだったか、勤務していた支店に電話があり、「会社を離れることにしました。これからも頑張って」との言葉を頂戴したのが、最後のやりとりになってしまいました。本当に悔やまれます。そういえば、あのときの自分も、頼れる先輩が消えたようで、呆然としていた記憶があります。

最近は、有料老人ホームを経営される傍ら、著作活動もされて、さらにはいくつもの公職にもつかれる等、大活躍をされていることは新聞などの記事で存じ上げていましたが、、、、

若すぎるそして惜しすぎる人の他界ではありますが、物凄いスピードで自分の生き方を貫かれたのだと思います。心からお悔やみ申し上げます。

2007年1月22日 (月)

週末の都心

週末の都心、特にビジネス街に行くと普段の喧騒がうそのように静まり返っていて、誰もが思い浮かべる有名な観光地に渋滞にはまって行くよりも、寧ろ気分転換になると感じることがしばしばあります。

普段は「満車」の表示しか見たことのない有料駐車場も結構「空有」の表示が出ていたりします。後は、そうした都心で何をして楽しむか、ということが敢えて「週末は都心に行こう!」と思わせる大きなテーマとなります。

昨日、僕は犬に噛まれてダメになってしまったベースボールキャップを買ったのと、帰りの車中に聴こうとCDを一枚レコード店で買って帰りました。ビジネス街から電車でいうと一駅はなれた商店街まで足を延ばして、、、

僅かな時間でしたが、買ったばかりのCDを聴きながら渋滞の無い首都高を運転して、幾許かリフレッシュ出来たような気がしがしています。すぐにこんな気分は消え去ってしまうと分かっていつつも、、、

2007年1月18日 (木)

An Inconvenient Truth

An Inconvenient Truthという本を「読もう」と思っている、否本音を言えば「読まざるを得ないプレッシャー」を感じています。

昨日、当社を訪れていたあるアメリカの会社の人達と昼食をともにしたのですが、ワシントンDCでは少し前の暖かな日に桜の花が咲き、今では華氏で20度台(つまり摂氏ではマイナスです)にまでなってしまい全て花が落ちてしまったそうです。正直不気味です。

環境問題は相手或いは当事者の立場でどれだけ真剣に考えることが出来るかがとても重要であることは今更論を待たないと思いますが、具体的に例えばツバルの人々が今どんな思いで日々を暮らしているのか、正直実感を伴っているかと言えば僕自身、「ハイ」と答える資格はありません。

それでも、アルゴアが書いたこの本を読んで、自分に出来ることは何だろうと、そしてその内の幾つかでも今年実践に移したい、そう思わずにいられない程の暖冬だと思います。

2007年1月16日 (火)

神楽坂

今日は隣町の神楽坂まで昼食をとりに出かけました。会社の人達と4人で。神楽坂は、僕が最初に社会人になったときに勤務した場所でもあり、また町並み自体風情があってお気に入りの一つです。

結局、社会人なりたての頃からお世話になっている「おかむら」というとんかつ屋さんで食事を。僕はカツカレーを頂きました。ただ、昨夜の飲みすぎが祟ったせいか、いつもと違う味に感じました。以前は、カレーのルーがもっと塩分とスパイスの辛味がきいていたような気がするのですが、今日は何故だかパンチが薄れたような感じ。きっと体がそうした刺激をいつも以上に欲していたのだと思います。

さて、帰り際にこのお店の斜め前にある画廊の社長さんとバッタリ。(20年前のお取引先だったので)、短くご挨拶をしたあとは腹ごなしに坂を下って会社に戻りました。以前、友人から「坂のある町に住むとストレスが少ないというデータがある」といったことを聞いたことがありますが、(その話の真偽は確かめたことはないものの)神楽坂はいつ来ても、そして立ち並ぶお店は色々変化をとげつつも魅力のある街だなあ、と改めて感じ入りました。

2007年1月11日 (木)

言葉/コミュニケーション

今日のJapan Timesにブッシュ政権のイラク政策見直しに関するターミノロジーで、 "Surge"という表現に関する記事がありました。この単語がイラクへの米軍増派を意味することは間違いないものの、短期的な増派を意味するのか、急遽の増派を意味するもので増派期間を定義はしていないと解釈するべきなのかで、米国内でも相当な論争が繰り広げられていると、、、

このSurgeという単語が軍事的に使用されたとき、通常何れを意味するのかは知りませんが、言葉遣いは時に人の感情をかき乱したり誤解を与えたりするわけで、気をつけなければイケナイなあと改めて考えさせられました。

そういえば、ちょっとズレますが、天気予報の「一時雨」と「時々雨」の定義を教わる前に、僕は相当の誤解をしていた経験があります。恥ずかしながら、、、

「一時雨」とは一日6時間以内の降雨を意味し、「時々雨」とは一日12時間以内の降雨を意味するというのが正解だったと記憶してますが、それを知るまでは、僕は「一時雨」は一時的に連続してまとまった時間雨が降ることで、「時々雨」は文字通り時々降ったり止んだりを繰り返すことを指すのだと思っていました。

このSurgeとは次元が違う話ですが、母国語でも自分にとってあいまいな定義が結構あるものではないかと感じました。

2007年1月 9日 (火)

ひざの負傷

2ヶ月程前に自転車を漕ぎすぎて傷めた右ひざ痛がどうやら再発したようです。仕方なくサポーターを買ってきて昨日から付けています。正月、箱根駅伝をテレビにかじりついて応援していたときはランナーと一緒に箱根路を走っている気分でしたが、これでは到底走れません。

いつもそうですが、怪我や病気になってから普段の健康の有難味に気づく始末。そろそろ考え方を改めなければならないようです。

さて、話は駅伝に戻り、このブログでも一ヶ月程前に箱根駅伝のこと、順天堂大学の今井選手のことを書いたところですが、期待通り大活躍でした。僕が、駅伝のファンになったのは遡ること1990年に4区を走るこれも同じ順大の山田和人選手をテレビで見て以来です。確か、一度は自衛隊に入ったもののどうしても箱根を走りたくて順大に入りなおしたので、年齢は24歳?というような経緯がテレビの実況で話されてました。

その走りっぷりも、解説者をして「飛ばし過ぎ!最後まで持たない!」といわれ続けたのに最後まで走破したばかりか6人抜きを演じてくれたときには、母校のように誇らしく感じました。今回の今井選手のように事前の評判や期待はそれほどでもなかったかもしれないけれど、自分が目指した目標にひた走る姿が今でも脳裏に焼きついています。

結局、それ以来外国駐在中の7年間も実家からビデオを送ってもらって欠かさず箱根駅伝を見てきました。

さて、膝を怪我していてもインターネットの仕事には支障ありません。駅伝選手に倣って、今年もスピードを上げて業務にまい進したいと思います。

2007年1月 5日 (金)

柴犬の魅力

最近、旧交を温めあっている(といってもEメールでですが)テキサス在住のアメリカ人から、「写真の犬、いいねえ」みたいなメッセージを貰いました。ごらんの通り普通の柴犬です。

柴犬は、NYやロスはともかくテキサスには未だ殆どいないのか犬種すら知らないようです。ただ、素朴な表情や和犬の魅力みたいなものが向こうの人にも通じるのかもしれません。

洋犬を飼ったことがないので人から聞いただけですが、「洋犬は飼い主が代わっても、次の主人に懐くけど、和犬はダメだねえ」といった話が印象に残っています。なんか、変わり身の早さが世渡りに欠かせないような現代において、不器用な生き様が逆に魅力に映るのではと思います。

我が家の柴犬も、(悪戯はしないものの)数時間家を空けただけで、家族が帰宅するなり突進してきます。「寂しかったぞー!」的な表情を浮かべて、、、犬には、家族が何時ごろ帰ってくるのかとか、或いは帰ってくるのか/帰ってこないのかさえ見当がついていないのかもしれません。

もし、時間に対する感覚がそうであれば、ご飯だって次に食べられる時間は何時か、或いは次の食事はあるのだろうか、と考えている可能性もあると考えてしまいます。それ位、うちの犬は食欲旺盛です。まあ、食欲不振で困っている飼い主の方に比べれば、それも幸せと感じるべきかなあ。

2007年1月 4日 (木)

New Year resolution

新年あけましておめでとうございます。

ところで、所謂「新年の誓」みたいなものは、日本に留まらず欧米でも行われるようです。僕も、今日会社の仲間と神田明神にお参りをしてきましたが、神妙な雰囲気の中New Year resolutionを心に刻みました。

内容は人から見ると瑣末な事柄も混じっているのでここで申し上げることは差し控えますが、一つ一つ実行に移して行きたいと思います。そしてそれらをなるべく永く続けられるように、、、

2006年12月29日 (金)

忘年会

今月に入って何度か忘年会なるものに出ました。体は大変ですが、しばらくぶりにお会いする人もいて、会話が弾みついつい時間が経つのを忘れてしまいます。

ただ、「忘年会」という言葉と実際に行っていることは逆で、年を忘れるのではなく、年を思い出すような気がします。こんなことがあった、あんなことがあったと語り合うことで、今年の記憶を刻み込むのが「忘年会」ではないかと、、、

来年も良い記憶を刻み込むことの出来る忘年会を迎えられるようにしたいと思います。

2006年12月28日 (木)

受験シーズン

朝方、JR代々木駅で予備校に通う人達を目にしました。かなり使い込まれた参考書を読み耽っている様子が、「最後の追い込み」的気迫を伝えてきます。

ただ、この間誰かもテレビで言っていた記憶がありますが、「いまの受験システムは遡れば中国の科挙にたどりつく」「少子化時代で大学も全入になりつつある現在では、よりキメ細かな新たな受験システムが望まれる」と。

そのとおりではありますが、では「フェアー」で「納得がいき」且つ「効率的な」受験システムとはどのようにすれば良いのでしょう?また、受験勉強も全てが無駄な訳ではなく、僕も今でも役に立つ知識や考え方もその時代に身についた部分もあります。

一発受験の弊害をなくすだけであれば、何度も試験を受けて平均点で競うことで問題は緩和されるのかもしれません。ただ、事はそう簡単なことだけでは無い筈です。高校の履修問題と並行して、受験システムの方も再考が求められているような気がします。

2006年12月25日 (月)

クリスマスカード

今日はクリスマスです。何通か、クリスマスカードを頂きました。一通、金融機関の方からのを除いて、後は全部メールカードでした。この数年で、挨拶の仕方も大分変わったのだなあと、こうした行事・イベントがあるたびに痛感するこの頃です。

然し、一方で変わらないものもあります。カードに込められた「気持ち」です。テキサス州ヒューストンで4年半の間、一緒に働いた仲間からのカードも今日もらった中に含まれていましたが、十年一日というか昔の事を思い出させるメッセージの中に、国籍や人種、年齢、或いは宗教といった違いを感じる隙間はありません。

どんなに遠くに離れていても「気持ち」は通じるものです。でも、デジタルでもアナログであっても良いけれど、相手に「気持ち」を伝える手間をかけることが大事ですね。近頃タイトなスケジュールに甘えて仲間との連絡を疎かにしてはいないかと、ちょっと気が重くなった一日でもありました。

2006年12月22日 (金)

カジュアルフライデー

今日は違いましたが、金曜日にはあまりネクタイを締めないようにしています。お客様とお会いしないスケジュールが組めればの話ですが、カジュアルフライデーとなるように。この習慣は、1994年の頃米国駐在中から数えてもう10年以上になりますが、一度慣れるともう元にはなかなか戻れない気がします。

会社で特にルールを定めている訳ではありませんが気分転換にもなりますし、悪くないと考えています。ただ、スーツを着て、ネクタイを締めないとこの季節喉元が寒くて行けません。

かといって、カジュアルで暖かい服を持っているかと言われると冷や汗もので、ちょっと前まで異常気象か、かなり暖かな日が続いていたので、冬物の服も少し不足気味です。週末は、年末・年始も考えて少し洋服を買い足したいなあと思います。

2006年12月19日 (火)

ジェットコースター

今日のお昼に、後楽園のラクーアという遊園地と隣接する場所でご飯を食べました。食べている最中に「ゴーッ!」という音と振動がお店に伝わってきます。

どうやらこの寒空の中、ジェットコースターに乗っているお客さんがいるようです。僕は、そもそもジェットコースター系の乗り物は大の苦手なので、ましてやこんな寒い日にわざわざ乗る人の気持ちが理解できません。スピード(感)は良いのですが、自動車の運転のように自分のコントロールがきく訳でもなく、まあ言ってしまえば 楽しさ<怖さ&不安 というのが本音です。

でも、一緒にご飯を食べた会社の人(二人)は何れも「大好き!」と言います。同じ刺激を受けてもこれだけ感じ方が違うのだなあと、店を出てジェットコースターに乗るお客さんの悲鳴?歓声?を聞きながら思いました。

2006年12月18日 (月)

ボーナス商戦

車検が無事終わりました。新しい車検シールが貼ってあると「ああ、これで暫くこのまま乗れる」と安心します。ところで、自動車ディーラーの人に伺ったのですが、最近はボーナスが出たから自動車を買い替えようという動きが以前ほど顕著ではないということでした。

車をディーラーで受け取って帰る途中、車を運転しながらその理由を考えたのですが、2~3思い浮かびました。

①給与の年俸制(的なものを含めて)が広まり、ボーナスが追加的な給与⇒単なる所得の配分方法へと変質化し、且つ所得そのものが伸びない中「自動車の買い替え」という車検を通せば不必要なものへの支出に結びつかなくなった。

自動車ローン(カカクコムでも取り扱っています)が発達・普及して自分自身の所得から生じるキャッシュフローを考えなくても、自動車の購入が容易になりボーナスと連動しなくなった。

③自動車或いはそれを所有することの持つ意味合いが、嗜好品⇒生活家電のように「白物化」してしまったので、夢を買う対象から外れて、「壊れたたら買い換える」物になってしまった。

最近、自動車の平均使用年数が伸びているという記事を目にした記憶がありますが、自動車の耐久性が向上したのもあるでしょうが、案外③が効いているのではないかと個人的に感じます。白物化すれば趣味の対象から外れるので、わくわくしなくなる・しずらくなる⇒壊れて使えなくなるまで買い換えないという図式です。

最近モーターショーなどにはめっきり足を運ばなくなったので、夢のある車/現実性を感じさせるコンセプトカーみたいなクルマがどれだけ出品されているのか余り実感を持ってわからないのですが、スーパーカーブームの時のような熱気は恐らく衰退してしまったのだろうと思います。

環境に優しく、乗っても楽しく、否、極論すれば乗らなくても、所有するだけとか眺めているだけで嬉しくなってしまうクルマをメーカーにはどんどん開発してもらいたいと、熱望します。

2006年12月14日 (木)

大学入学金

ちょっと前に大学の入学金の返還に纏わる裁判がテレビのニュースで流れていました。「大学が定めた納付期限までに収めてしまった入学金を、結局その大学に入学しなかった場合には返還しなさい」みたいな判決だったと思います。まあ、子を持つ親としては至極真っ当且つ有難い判断に聞こえますし、そうでなくたって常識的と映る決定に思えます。

ただ、少子化の中、日本の大学経営は相当厳しいですし、これからも暫くはこの状態が続くでしょう。そう考えると、この司法判断の延長線上には、米国のような授業料体系が待ち受けているのではないかと感じます。米国では州民が州立大学に通う場合等を除いて、つまり私学に通うとなると日本人の感覚からして「相当高い」授業料を払う必要があります。4年間の授業料だけで文系でも10万ドル位するのではないでしょうか。特にIVYリーグと言われている名門校なら、、、

金融の世界に置き換えると、イニシャル或いはアップフロントで払っていたフィー/金利がゼロになる代わりに、その分のコストが資金調達期間に配賦されるようなもので、今回の判決の妥当性は素直に頷けても、得だか損だかは俄かには判断できないだろうというのが、僕の感想です。

ただでさえ子供の数が少なくなってきている時代に、(別に富国強兵なんて考えではないですけど)活力ある社会を維持するには有望な若い人材を(なるべく分け隔てなく)恵まれた環境で教育できるようにすることが喫緊の課題であることは論を待ちません。格差社会などと叫ばれる今だからこそ、真剣な議論と早急な対応が求められると強く感じます。

2006年12月13日 (水)

ブーツ

昨日に比べれば、今日の東京は暖かな一日でしたが、冬になって街を歩く女性のブーツ姿が増えてきました。

以前に仕事に使う所謂ワークブーツについては書いた記憶がありますが、今度はウェスタンブーツについて気になっていることを一言。

先ず、一番高級とされているのは本国アメリカでは(多分)ostrichつまりダチョウの皮で出来たブーツだと思います。僕も、どんなもんだろうとブーツ屋に見に行ったことがありますが、鳥の皮ですから当然表面がボツボツとしていて、ちょっとなあと思い代わりに子牛の皮のブーツを買った経験があります。

さすがに東京を歩いている女性のブーツを見てもこの「ボツボツ」があるブーツに出くわしたことはありません。値段が高いからなのか、僕と同じように感じる人が大半だからなのかわかりませんが、、、

ところで、ブーツの履き方って、男性はブーツカットのジーンズの中に履くのが普通なのに、どうして女性はブーツの中にジーンズを仕舞うのでしょう???ブーツを見せたいためなのか、、、、何か他に理由があるのでしょうか???

なんか上手く例えられないけど、シャツのボタンの付いている側が、男女反対になっているのに似たような気持ちを覚えてしまいます。

2006年12月12日 (火)

寒い!

今日の東京は今年一番の寒さではないでしょうか?雪が降ってもおかしくないような肌寒さと空の色です。

ところで、ロシヤ語では「寒い」という意味の形容詞の原形はたしか“Холодныйホーラドヌィ」に近い発音の言葉だったと思いますが、「ホ」の音が日本語と違って喉の奥を振るわせるような発音で、耳で聞くと相当に寒い感じがします。

やはり、ロシヤの寒さと日本(東京と言った方が正確かも)の寒さは、レベルが違うというのが「音」からも垣間見ることが出来るように思います。

さて、この「寒い」という単語が日本語或いはロシヤ語として擬音的な部分を持ち合わせているのか否かは全く知りませんが、概して日本人/日本語は擬音が大好きなのではないでしょうか?「がーっと仕事をやっちゃおう」とか「きりりとおなかが痛い」なんて擬音を使うという条件を付けると、どうやって英語で表現すれば良いのか、考えるだけで憂鬱になります。

これは、日本人が単一とは言わないけれども、海外の諸国と比べて相当にシンプルな民族・文化構成で成り立っており、いわゆる「あうん」の呼吸で物事を伝えている証左の一つなのかも知れません。詳しい人がいらしたら、背景等教えて頂けるととても嬉しいと思います。

2006年12月11日 (月)

休日出勤

昨日は、特段の用はないもののオフィスに立ち寄って残務整理をしました。社員の殆どがいない中では普段と違ってだだっ広く見えるオフィスに静寂だけが支配していて、不思議な雰囲気です。

オフィスの電気を落としている分、自席の後ろを振り返ると北側の借景である小石川庭園がくっきりと鮮やかに浮かび上がって見えます。こんな場所で仕事をしているのだなあと、改めて自身の相対的な位置感覚みたいなものを感じることが出来ました。

本当は、忙しい平日であってもこうした冷静に物事を捉えられる瞬間がなければいけないのですが、この点については最近は少し自信がありません。多分、年末ギリギリまでバタバタとしてこんな状況が続くのではないかと、、、

そこで残務整理をした後、暫しリラックスをと思い一ヶ月程前にも訪れた千葉の外房まで、またまたふらりとドライブに出かけてしまいました。海岸についたのは夕刻になってしまいましたが、途中地元の人々が飼い犬の散歩をする姿が幾度も車窓を通り過ぎ冬の海辺の景色に溶け込んでゆきます。見ているうちに自宅の犬が気になって、急に里心が沸き起こります。

それで、着いたとたん「帰らなきゃ!」と思い、ノンストップで自宅まで。帰ったら、一緒に暮らしている(上の写真にある)柴犬がいつも以上にしっぽを振って僕のことを歓待してくれました。なんだか、芥川龍之介の「トロッコ」のような気分を味わった一日でした。

2006年12月 8日 (金)

アジアの定義について

カタールのドーハで開かれているアジア大会のバドミントン競技女子ダブルスで、日本が12年ぶりにメダル獲得することが確定したそうです。僕も学生時代にバドミントンをずっとやっていましたが、傍で見るよりも実際にプレーするととても激しいスポーツです。メダル確定、本当におめでとうという気持ちです。

ところで、アジアという地域は一体どこからどこまでを指すものと理解すればよいのかときどき迷うことがあります。カタールのドーハ(行った事ありませんが)に住む人の顔立ちは僕らとは相当違って彫が深いですし、ある本にはロシアもアジアに含まれるとありますが、言葉(スラブ系ですからチェコ語やブルガリア語と同系でしょうか?)や人種からすればアジアって感じでもないような気がします。ロシア人(彼らに質問したことありませんが)だって、自分たちがアジア人と思っているか、正直疑問が残ります。

地政学的なアプローチと、僕が普段なんとなく頭の中に描いている地図の間にはどうも大変な開きがあるのかも知れません。一度、じっくり世界地図と睨めっこをして、勘違いだか間違いだかを修正したくなりました。アジア地域なんだけど、住んでいる人はアラブ人とか欧米人みたいな整理が適切なのかも知れません。

2006年12月 5日 (火)

英語或いは語学のセンス

中学三年生の頃だったと記憶しています。中高一貫教育の学校だったので、中高合同で体育会バドミントン部の合宿に行ったとき、クラブのOBで大学でフランス語を専攻している人がバドミントンの指導にきていました。

夕食の時だったか「田中、英語をちゃんと勉強しているか?」と聞かれナイーブに「ハイ!」と応えたところ、長文の英語を見せられながら「じゃあ、文中のa kind ofはどう訳す?」と続けて問い詰められ「『一種の』という意味ですか?」と応えたところ、「もう、お前は英語は諦めろ!」と諭されたことがありました。

この体験は、30年以上経った今でもかなり強烈に頭に残っていて、ことあるたび(つまり、英語の才能ないなあ、と思い知らされるたびに)トラウマのように鮮烈に蘇ってきます。その文脈では意味の無いまるで接ぎ句のようなものだと理解したのは高校に上がってからであったと、、、、

こういうのって、教えられて分かる人と、辞書で調べもせずに自然と理解できる人に分かれるのではないかと考えていて、僕は確実に前者であり才能はないなあと痛感し続けています。英語で他の例では、高校一年位の時だったでしょうか副読本でgivenという語が、接続詞(的)で「仮に~とすると」という意味が心底分かるのに数日かかりました。

高校受験とか大学受験の英語の勉強にこうした「感覚・センス」みたいな要素がどれだけ求められるのか知る由もありませんが、僕のように英語が不器用だからこそ不得意としている人の不得意な箇所が分かるという点もあると思います。それを活かして「かゆいところに手が届く英語」みたいな教材を作ってみたいと思うことがあります。もっと、歳をとってからのことになりそうですが、、、、

2006年12月 1日 (金)

年末

12月に入りました。この間の週末には来年の柴犬の写真で綴ったカレンダーを買ったし、暦の上では年末ですが、どうも異常気象なのかこう暖かくては12月という感じがしません。

今朝は、月初ということで恒例の朝礼があったのですが、そこで社員の皆に、「新年の誓を立てるのももうすぐだから、気持ちを来年にすっきり切り替えられるようにするためにも、今年最後の月を思い残すことのないように頑張りましょう!」みたいなことを伝えたのですが、自分自身、年末に対する意識が暖冬とはいえこのように希薄ではなんとも迫力の足りない檄だったのではないかと不安にすらなります。

とはいえ、すぐ大晦日になってしまうし、正月の箱根駅伝(僕が大好きなイベントです)も迫ってきています。今回も順天堂大学の今井選手には5区の山登りで驚異的な走りを見せて欲しいと、いまから楽しみになってきます。楽しみの前には苦労・やりがいがあったほうが、その後思い切り楽しめるものです。

やはり、気候に自分の気分を左右されぬように心を引き締めて「年末」の緊張感を持って今月を乗り切りたいと思います。

2006年11月30日 (木)

ペットの探偵?

JR中央線の高円寺と中野間付近の線路の北側だったと思いますが、電車から見える看板に「ペット探偵養成講座」みたいな文字が踊っていて、否が応でも目に飛び込んできます。

「うーん、いったいどんな講座なんだろう。(おそらく)失踪したペットを飼い主の要請に基づいて探すスキルを身につける講座だろうけど、何を教えて貰えるのだろう!!!???」疑問と興味で頭が一杯になります。

ただ、人間は動物とコミュニケーションのとることが上手な人と、そうでない人に分かれるのではないかと僕は勝手に考えていて、後者に該当するような方にはそもそも向いていない講座ではないかと思います。

そういえば、村上春樹の小説「海辺のカフカ」に登場する「ナカタさん」は確かネコと話が出来ると書いてあったような、、、場所も中野辺りが舞台であったという記憶があります。もしや、小説とこの養成講座と関係あるのでは、なんて想像を膨らませると、ますますなぞが深まります。でも、「ナカタさん」みたいな人が実際に存在すれば、探偵養成講座なんて受講しなくても、簡単にネコの探偵が出来るんだろうなあ。

2006年11月29日 (水)

エアバス

どうも幼少の頃から、乗り物、たとえば自転車、自動車等にとても強い興味を抱き続けています。そして、それは飛行機にも当てはまります。自分では操縦できなけれど。

30年以上も前のことですが、幼稚園、小学校の低学年と大阪の伊丹飛行場の近くに住んでいたことがあるのですが、自転車で確かB滑走路と呼ばれるところのフェンスまで行き、飛行機が離陸して正面にそびえる六甲山脈を避けながら急旋回するのを喜んで見ていた記憶が今も残っています。

さて、少し前にテレビを見てたら、新たに開発されたスーパージャンボ「A380」という旅客機がデモンストレーションとセールスプロモーションを兼ねて日本にやってきたというニュースを流していました。同社のHPを見ても比較対象がないので分かり辛いですが、テレビに映った機体は他の旅客機と比べて相当大きなもので、威容を誇っています。

航空力学みたいな専門のことは全く知りませんが、機体が大きい方が翼の面積も大きくなるし(風のように)外からの力にも安定を保って航行できるのではと感じられます。安全性は小さなセスナやプライベートジェットよりも相当高そうに思えます。大型船の方が櫓漕ぎの舟よりも波に対して安定しているのと似ているような、、、

ただ、予定されていた飛行場ではないところに緊急着陸するような場合等、(何しろ重量は相当にあるでしょうから)慣性力の点から相当長い滑走路が必要な可能性があるのではと考えてしまいます。安全(性)というのは、理屈では解っても、慣れるまで或いは自分で体験するまではどうしても心理的な不安が若干残るものです。

であればなおさらのこと、ニュースでは日本の航空会社各社は現時点では導入の具体的予定はないと言っていましたが、早い時期に搭乗するチャンスを捉えて、自分の目で確かめてみたいと思います。乗り心地とか、離陸・着陸の際の感覚など、、、

2006年11月24日 (金)

今日の円高に接して

今日は、アメリカで発表された経済指標が予想より弱かった云々だそうで、円高です。この時間では115円台ですが、ほんとに久しぶりではないでしょうか?まあ、専門の人に言わせれば色んな理由があるのでしょうが、一年前のアメリカだったら一つ二つの指標が弱かった/予想より低かった位でこんなに為替相場に影響を与えていたかというと、正直疑問が残ります。

やっぱり、①景気拡大がとても長く続いてきたこと(≒いつかは終わりを告げる)とか、②それを裏付けるような、住宅着工件数の落ち込みだとか、さらには③予想或いは期待より大幅に長引きそうなイラクへの派兵等々が重なって、潜在心理的に「そろそろドルの信任も見直した方が良いんじゃないか」と市場関係者の脳裏に深く刻まれている前提が現在あって、最後のトリガーとして今回の指標発表が相場を動かしていると見るのが正しいと、僕は思います。

特に、③の件が尾を引いているのではないかと感じるのですが、「ハイテク兵器を駆使して、民間への被害を最小限にとどめる」としてはじめた戦争だけにとても皮肉に聞こえますが、今では兵士よりも寧ろ民間に広く被害は及んでいます。国連統計によると、イラクでは民間人だけで毎日120人の命がテロ等の暴力によって失われているそうです。年ベースにすると、なんと44千人です。いまや、その大義も揺らいでしまった今回の戦いがもたらす、負担はイラク国内、米国自身を通り越して世界に波及しつつあります。別に、景気維持拡大のためになんていう目的のためだけじゃなく、こうした嫌なニュースは無くなって欲しいものです。

2006年11月22日 (水)

クリスマス・ツリー

今日は一日IR活動で外出していました。全部で4社を訪問したのですが、内一社が入っているビルのロビーに東京で見るものの中ではかなり大きな、そう高さで言えば5~6mはあろうかというクリスマスツリーが飾ってありました。まだ、Thanksgivingがあるのに気の早い話ではあります。

僕も米国駐在中にFakeのツリーを買って今でも後生大事に持っています。ただ、日本のサイズより相当デカクて、全部組み立てると天井をぶち抜いてしまうくらいの高さがあります。仕舞ってばかりいても仕方ないし、かといって部屋に飾るには大きすぎるし、今年は、ベランダに飾ってみようかなあと考えている最中です。

2006年11月20日 (月)

オーロラ

National Geographicをテレビで見ていたら北米にオオカミの生態について番組をやっていました。冬の寒い中、結構な距離をカナダとアメリカ合衆国を跨いで移動しているんですね。今でも。

カナダ北部であれば、場合によってはオーロラが空高くたなびく中を、群れを成して移動しているのかもしれないと想像するだけで、日本とは桁外れのスケールをもった大自然を感じさせてくれます。

ところで、このオーロラ、ずっと以前高校時代に習った地学の教科書か参考書の話によれば、太陽風を防いでくれているバンアレン帯がしっかりしている低緯度・中緯度地域では見ることは難しいとされいると書いてあったような記憶が微かに残っています。でも、これはバンアレン帯を形成する要因となっているN極・S極の地磁気がしっかりとしていることが前提でしょう。

一方、確か「地磁気って何百万年単位かで最初は次第に弱まり、最後には反転する」といった学説をどこかで聞いた気もします。だとすると、自分が生きている内にはないと思いますが(太陽風が吹き荒れて生きてはいけないでしょうから、「ない!」と願うといった方が正しいかも?)、他にも組成要因はあるのかもしれませんが、若しかすると磁場が弱まった日本列島上や場合によっては赤道上でもオーロラが見れるような日が訪れるのかもしれません。

そんなことを考えていると日々の瑣末なことにたいするこだわり等、どうでも良い気にさせてくれることがあります。地学には、本質ではないかもしれないけどそんな魅力があると思います。

2006年11月17日 (金)

寒くなってきました。

今日の東京は秋を通り越して冬の予感が漂っています。午後、ある会社を訪問するために外出したのですが、大手町や丸の内界隈を行きかう人々も皆肩をすぼめて寒そうに歩いています。

夏には、社員の人たちとビアガーデンに行ったりしてましたが、こうなると新橋辺りで焼き鳥というのが最適でしょうか?忙しい季節ではありますが、何とか時間を作って出掛けたいと思います。弊社子会社の㈱カカクコム・インシュアランスもそちらにオフィスがあるので、久々皆の元気な顔を見るついでに、、、

2006年11月16日 (木)

同窓会

この前の土曜日に高校時代の同窓会に出席しました。同級生達と懐かしい話が出来て、「やっぱり学生時代の友人は、打ち解けられていいなあ」と思います。

ところで、当時の数学の先生がスピーチをされたのですが、内容が印象的でした。「君たちを教えていたころ、自分は丁度今のあなた達の年齢だった。」(つまり43~44才ということです)

同窓会で盛り上がっているときは時間を駆け抜けて、高校生時代の話に花を咲かせて学生気分に戻っていたのが、このスピーチを聞いた途端に「ああ、自分達も歳をとったんだなあ」と痛感し現実に引き戻されたのです。

時間は本当に早く過ぎてゆきます。一日一日を大事にしなければと、改めて肝に銘じた一日でした。

2006年11月 9日 (木)

ロッカールームの会話

野球に纏わる映画を見ていると、ロッカールームでのシーンが必ずと言って良い程出てきます。連敗が重なって誰かがその日の負けを誰かのせいにして、仲間割れの喧嘩が起きる、そこで仲介役のヒーロー出現、最後は監督の檄の下一丸となって優勝みたいな、ある意味「寅さん」のようにワンパターンですが、外せない場面です。

フィールドという選手にとっての表舞台では、公の顔を保つことが求められますから、どうしてもヒーローインタビュー等も「優等生的」発言に終始しがちです。ところが、ロッカールームという内輪だけの空間だとついつい本音も出たりして、選手のキャラクターが出やすいところは本当のプロ野球の世界にも当てはまるのではないでしょうか?

また、(問題になるので具体的な言葉は慎ませてもらいますが)映画のせりふでは、英語だとfour-letter wordが連発されていたりするのも特徴だと感じます。プロ野球選手も人間ですから、どこかでストレスや鬱憤を発散しているのでしょうが、それがロッカールームということなのだと思います。

さて、一般のサラリーマンの場合、着替えもありませんからロッカールームもありません。そこで、ロッカールームの代わりに「新橋の焼き鳥屋」といったイメージの居酒屋で怪気炎を上げてみたり、社内では話せないことを語り合っているのではないかと想像します。ただし、クローズドなスペースではないので、たまに実際に僕がそういう場所で隣の席にいても「こんなこと聞こえちゃって良いのかなあ」と気まずいことも。会話のテーマと内容はTPOに合わせて、慎重にしたいものです。

2006年11月 8日 (水)

教育界と銀行業界

最近、教育の現場での「いじめ」とその後の学校や教育委員会の対応について、毎日のように新聞・テレビで報道されています。教育の現場に身を置いたことがないので、その実態はよく分からない部分が多々ありますが、報道されている内容だけを見ると少し前の銀行業界と似たところがあるなあ、と感じます。

「いじめはあってはならない」という大前提が先ずあるので、学校は教育委員会から「いじめが存在しないというレポートを期待している、或いはいじめが見つかると学校ひいては自分の評価が下がってしまう」とのプレッシャーを常に感じながら学校を運営する、みたいな構図は、「当行の審査は万全なので、貸出先はつぶれることはない筈だ」という大前提があって、営業店は本部から「貸出先の倒産による、回収不能債権があったら評価を下げる」とのプレッシャーの下、ズルズルと貸出を続けて傷口をさらに広げてしまっていた過去の日本の銀行と酷似していると思うのです。

銀行はその後、BISという国際金融ルールの遵守や、バブル崩壊という外的イベントを経験して変わらざるを得なくなりました。すなわち、「貸出先はどんなに慎重に審査してもつぶれることがある」と大前提を180度転換し、無理な貸出の抑制や、取引先の厳格な格付を行ったのです。そして、「営業店の貸出債権の格付けが改善されると評価する」制度になったので、絶対的な格付けの良否に以前ほど拘らなくて良いシステムになったのだと思います。

もちろん、金融の世界と教育の世界は違いますし、制度の見直しを受けた銀行の対応にも問題がありました。たとえば、格付けの低い取引先との取引を強引に縮小したりといったことです。ですが、教育の現場も、「いじめは(残念ながら今は)あるが、それが減少・緩和する方向に持っていこう」と先ず大前提を転換した後、「いじめの絶対件数の少なさも大事だが、改善やそれに向けた取組の度合いを評価する」と考えを改めるところから着手してはどうだろう、と考えてしまうのです。現実に即した対応が一番大事だと、、、

2006年11月 2日 (木)

国民の休日

世界中のカレンダーがあれば、確かなことが言えるのでしょうが、おそらく日本という国は国民の休日(National Holiday)が相当多い国であると思います。中華圏では、旧正月は長い休みとなりますが、それでも一年トータルでは(僕が駐在したことのある)台湾も日本程休日はありませんでした。

日本は、お正月三日間、ゴールデンウィーク等々纏まった休みに加えて、明日のようにスポット休日も結構あります。この間、オーストラリアの人から「9月23日は何故休みなんだ?」と聞かれて、「Autumnal Equinox DayにはAncestorのお墓をお参りするんだよ」みたいなことを冷や汗を掻きながら話して一応納得してもらいましたが、最後まで怪訝な表情は消えなかったような気がします。

以前よりはかなり主体的に・自主的に休みを取るようになったとは言え、日本人は欧米の人達に比べて、「人が働いているときに休みにくい」という感覚は今尚残っていると感じます。国民の休日にして、全員休んじゃう方が良いのかもしれません。

さて、アメリカですとハロウィンも終わり、これからThanksgiving、X'masと休暇シーズンが続きます。前後、自己の休暇をくっつけて2~3週間、会社に来ない人もたくさんいます。現地日系企業に勤務する日本人駐在員はその人たちの仕事もケアしなくてはならなかったりして、一層忙しいシーズンではないでしょうか?

そして、やっとお正月になり日本的に三日間休もうと思っても、アメリカでは一月二日から平常業務です。やれやれ、海外駐在員の方には頭が下がります。

2006年11月 1日 (水)

表音文字

日本語のひらがなや韓国のハングル文字、或いはロシヤ語のアルファベットは一般には表音文字として捉えられています。ただ、細かく言うとそうでもなさそうです。

ここでは、日本語に焦点をあててみますが、一般の人は十点を「じゅってん」と発音しますが、NHKのアナウンサーはマイクを通して聞きやすいように「じってん」と発音していると聞いたことがあります。また、「~です」の最後の「す」はSUとは発音しておらず、Sの音だけになっているようです。現代では。

また、ラ行の音も昔よりも舌を後ろに引っ込めずまるでRではなくLのように発音する人が多くなっているような気がします。特に若年層を中心に。舌の筋肉が衰えてきているのでしょうか?

そうしてみると、ひらがなを再び表音文字と自信を持って言えるようになるためには、日本人の発音を字に習って修正するか、新しい文字Sだけを表す子音字や、Lを含んだ行を追加してゆくことになるのでしょうか???

2006年10月30日 (月)

週末のドライブ

ここ2週間程、一度も車に乗っていなかったのでバッテリー上がりが心配でした。そこで、日曜日の昼12時少し前に、急に思い立ってフラリと出かけてみました。どこに行くあてもなく、首都高からアクアラインへ、そして一般道に出て右手に海を見ながら南下していたら、いつのまにか鋸山のふもとまで。時間はまだ2時前です。

そのまま引き返しても良かったのですが、さらに長狭街道という道(のどかな風景に癒やされるのと、ちょうどよいRを持つカーブの連続でマニュアル車でシフトチェンジを駆使してドライブするのに相当楽しい道です)を通って房総半島を横断。そのまま、鴨川、天津小湊、御宿と回って、帰宅したのは夕方6時半でした。天津小湊では、コンビニでおにぎりを買って、ぼんやりと内海のように静かな砂浜を眺めながら一人で昼食をとりました。

海は、うす曇り且つ霞がかった天気で、雲の合間からは所々薄明かりが差し込んできて、その風景はまるでターナーの風景画のように静かに時を止めています。また、運転中は街道沿いのすすきがすっかり色を変えていて、気がつかない内に随分と秋は深まっているなあと感じ、同時に都心の季節感の希薄さに気づかされます。東京から一時間ちょっとドライブしたところには、都会とは全く違う風景があって、何度訪れても不思議な感覚に浸れます。

ところで、こうして一人で時間を過ごしている間、(休日であることだし)全く仕事のことを考えないかというと、僕の場合「嘘」になります。また、逆に仕事中、仕事のことしか考えてないかというとやはり答えは同じです。

(こうしたオン/オフを完全に切り分けない「生き方?」を肯定しているエッセイストでRobert Fulghumという人物がいます。メリハリが効いた生き方が受ける現代では異色かも知れませんが、人間味にあふれた文章が魅力で僕は大好きです。)

正直、仕事上少し考えが纏まりにくかった部分も随分すっきりと整理できたりもしました。たとえ、仕事を引きずったままでの気分転換であっても、私生活上且つ仕事上とても大事な行為だと再認識した週末でした。

2006年10月27日 (金)

下北沢再開発

少し前になりますが、TVで東京の井の頭線沿線の下北沢という駅周辺の再開発について、その是非を含めて報道されていました。駅を降りるともともとは闇市かなにかだったのか、相当道が細く雑然とした町並みなので、区役所の担当者からしたら「整然とした町並みにしよう」と考えても不思議ではありません。

このような成り立ちの界隈は他にも目にします。たとえば、吉祥寺の「ハモニカ横丁」もその一つとして挙げて良いでしょう。ここは、もっと道幅が狭くて人がすれ違うのもやっとです。防災を管理する立場から見たら、相当頭の痛む地域だと思われます。

ところで、ちょっと視点を変えて、この下北沢にしろ、ハモニカ横丁にしろ、面白いお店が並んでいるせいか、週末ともなると凄い人ごみです。なにか、こうした雑然とした風景に日本人は惹かれる部分があるのではないでしょうか?

そういえば、神社やお寺の縁日の風景に似ていなくもありません。欧米のような、整然と店舗がならぶショッピングモールと違った混沌とした味わいに魅力があるとも思えます。だとすれば、(再開発に反対する人々の深層心理に)(当人達が知覚しているか否かは別にして)「あまり綺麗な町並みにしたら、今の活気が失われてしまうのでは」という不安がよぎっているのかもしれません。

3~4年前のことですが、当社カカクコムの当時のサイトの使い勝手を診断してもらうべく「ユーザビリティ調査」というのをアメリカのツールで行ったことがあります。その際も、先方の人から「サイトの使い勝手は、アメリカの基準からすると、最高点ではないが、本邦の文化・商習慣なども加味しないままに、アメリカ流にサイトを変更すると失敗する虞があるので注意してください」と言われたのを思い出します。

そう言われてしまうと、おいそれとはコンサルの結果通りにサイトを修正する訳にもいかず、なんの為に調査依頼したのか、とちょっと悩んでしまう話ですが、リアルの商店街の再開発の話を聞いて今更ながら「なるほど」と感じる部分もあるような、、、

2006年10月26日 (木)

難しいコトバ/render

一般にどこの国の言葉もそうですが、単語の文字数が多ければ多いほど、その意味・定義は狭くて特定しやすく、逆に文字数が少ない単語ほど意味・定義が広くてつかみにくいように思います。

そして、僕にとっての英(単)語で言えば、いまだに意味をとりかねる或いは首を傾げるのが“Render”という言葉です。Makeのように使役動詞みたいな用法があったり、とにかく意味の幅が(僕に言わせれば)広すぎます。全てのパターンを暗記しなければ、母国語でない人にとっては怖くて自分からは使いたく言葉ではないでしょうか?

中学・高校でも、この言葉についてしっかりと教わった記憶がありません。学校の先生もいささか把握しかねる単語で、生徒にもしっかりと教えられないのではないかと疑ってみたくもなります。

たった6文字の単語がいつまでも僕を悩ませ且つイライラさせます。とにかく、今週末にこの単語を征服するべく、徹底的に語源・意味・用法を調べ上げてみようと思います。

2006年10月25日 (水)

裸の付き合い/ペット

この前の土曜の朝に柴犬(写真の奴です)のシャンプーをしました。風呂場で洗ってやろうと誘うのですが、「何をされるんだ???」と懐疑的な態度でなかなか風呂場に入ろうとしません。最後は、チーズを与えながらだまして監禁!?

ただ、お湯を出してシャンプーしてやると、本人(本犬?)もまんざらでもなく、気持ちよい様子。でも、時々水をはじくためかブルブルとやられて僕もびしょ濡れになりながらの、悪戦苦闘ではありましたが、なんとかやり遂げました。その後、ドライヤーで乾かしてやると、久々にシャンプーの良い匂いです。

さて、その後といっても未だ4日しか経っていませんが、なんとなくイヌが僕に接する態度に変化があるような気がするのです。「裸の付き合い」とでも言うのでしょうか、今までよりも一層親しみを感じているような。或いは、「洗ってやった」僕の方に気持ちの変化が生じているのかも知れません。ここまでしてやれるのは俺だけだぞ!みたいな、、、まあ、いずれにしても親バカならぬ飼い主バカの範疇ですが。

ところで、シャンプーは出来ても、爪を切るとなると深爪してしまうんじゃないかと不安で自分でやる気にはなりません。やっぱり、時々は獣医かペットショップのようなところにお世話になるのが安心ですね。

2006年10月24日 (火)

ワークブーツ/内外価格差

今日の東京は雨があがってから随分と肌寒く、秋を通り越して冬の予感さえ漂っています。そういえば週末に自分の靴が二足程痛んでいることに気がついたので、一足は買い足したいなあと思います。そして、この季節ですから、ワークブーツなんか良いんじゃないかと、、、それも、スティールトウの本格的な奴が気になります。まあ、別に建築現場で重たいものが足の上に落ちてくるような危険なことをするわけではありませんが、飽く迄も気分の問題として、「本格的」という言葉に拘りたい感じです。

以前住んでいたテキサス州はカウボーイ用だけではなく、こうしたワークブーツも人気のアイテムで、紐のスティールトウを買おうと思えば、一般のお店でもざっとリンク先の様な種類は売っています。しかも、日本で買うより随分と安いです。羨ましい限りです。この価格差はなんとかならないものでしょうか?

因みに、もう一つ内外価格差で納得いかないのがジーンズです。Wranglerというブランドだと人気のブーツカットで19ドル台から手に入ります。これが日本の同社HPでは一万円を超えた値段がついてます。こうした価格差を考えれば並行輸入なんかすれば結構喜ばれるような気がします。数量によっては輸入割り当て制みたいな規制が存在するのかもしれませんが、、、

2006年10月19日 (木)

リチャード・ファインマン

もう亡くなってしまいましたが、ノーベル物理学賞を受賞した学者リチャード・ファインマンという人がいました。物理は、一番苦手でなんのことか分からないのは当然とはいえ、確か「ファインマン理論」という分厚い本を書店でも見かけて、手にとって頁をめくってみたものの、やっぱり内容は全く理解できなかった記憶があります。

さて、このリチャード・ファインマン、高名な物理学者というだけに留まらず、一般の人から見てもとても魅力的な人物です。専門分野以外で何冊も本を書いていて、中でも、“What do you care what other people think?”(←題名からして、なにやら挑戦的な雰囲気です)や“Tuva or Bust!”は僕の最もお気に入りの本ですが、彼の考える「自由な生き方、考え方」が良く分かって、共感できる部分がたくさんありました。

現代の様に(一般的には)ストレスの多い社会にあって、ともすれば近視眼的な物の見方に陥りがちですが、彼の様に精神的なゆとりと中長期的な視野を忘れずに生きていきたいと思います。

2006年10月18日 (水)

Indian summer/不思議な表現

今日の東京は10月にしてはポカポカと暖かくて“Indian summer”と呼ぶに相応しい天気です。ところで、なんで小春日和をインディアンサマーというのか、今更人に聞くのも恥ずかしいのですが、わかりません。Wikipediaを見ても語源については触れられていません。でも英国ではOld Wives’summer!?とも言うと書いてあります。ますます、不思議な表現です。

一方、日本語の方も、この小春日和の「小」の使い方では時々困惑することがあります。小冬、小夏、小秋って使うんでしょうか???それに、株式相場の解説なんか聞いていると、「小高い」「小安い」という表現も出てきます。「小高い」という言葉は、その後に「丘」とおけば、普通に聞こえますが、いったい、「小安い」って「何円安から何円安まで」というレンジは決まっているのだろうかと、これまた興味がふつふつと湧いてきます。

当社には証券会社出身の人もいるので、後で聞いてみようと思います。

2006年10月16日 (月)

mayday call

今朝出かける直前に自宅でCNNを観ていたら、NYの高層アパートにヤンキースの選手の乗った小型飛行機が突っ込んだニュースについて報道していました。Lidle投手と飛行機の操縦を教えていた教官が亡くなりました。ご冥福をお祈りします。

さて、そのニュース番組の中で、キャスターが“There was no mayday call before the accident.”(一字一句そのままではありません。)みたいな事を言っていて「何だって?メーデー・コール??」と思いながら、会社に来ました。

仕事中は忘れていたんですが、昼休みにふっと思い出して調べてみたら、この場合のmaydayって語源はフランス語なんですね。そして「救難信号」を意味するとは、、、前後の文脈からそうかな?とは思いましたが、調べてみると「なるほど」の世界。毎度、思い知らされますが、ホント奥が深いです。英語は。

2006年10月11日 (水)

外為管理法

今週は地政学的リスクとやらで円安です。さて、この国で実際に送金や輸出入を制限しているのは外為管理法(俗称ですが)が基本となっているようです。当社子会社も外国為替証拠金取引を業として行っているので、一応当社にも平成18年度版「外国為替・貿易小六法」という分厚い本があります。

この本は一年に一度しか改訂されないので、日々法や政令、省令が改正されるのを把握する為に、新聞紙みたいな紙質の「官報」をとって小六法に変更箇所をメンテしてゆきます。とても、地味ですが大切な作業なので欠かせません。

この本「小六法」は法律ですから当たり前ではありますが文字ばっかりで、読んでいてもあまり面白くはありません。でも、北方領土4島に関する解釈規定(つまり、本来わが国固有の領土だけれども実務上外国とみなすのか本邦とみなすのか)があったり、未だに軍票に関する記述があったりと、歴史や政治情勢を反映している部分も散見されて、(通読するのは勘弁願いたいのが正直な気持ちですけど)ところどころを摘み読みしていると、「ハアー、ナルホド」と思うところもあって、それほどツマラナクないんですね。

2006年10月10日 (火)

自転車/自動車/新モデル

日曜日に、ちょっとした整理事を片付けてしまおうと思いつき会社に寄りました。ただ、普通に行くのはつまらないので、購入してから3ヶ月程の自転車に乗って出勤しました。クリップレスペダルを漕ぎ続けて1時間20分、会社に着いたときには、強風に煽られながらの運転だったので、結構ヘロヘロ状態。改めて、「日々体力をつけないとダメだなあ」と痛感した次第です。

さて、自転車はイヤーモデルと言って毎年同じ型式の自転車であっても、使うパーツ等微妙にリファインされます。丁度、今頃発売の自転車専門誌には2007年モデルが登場しはじめます。自分の自転車が古くなっちゃうような気がする反面、「ニューイヤーモデルはどう進化したんだろう???」と楽しみでもあります。

僕がもう一台所有するマウンテンバイクの方は、最初に購入してからパーツをとっかえひっかえ11年が経ちます。今年も、パーツの一部交換でいくのか、そろそろフレームごと換えてしまうのか、悩みどころです。

ところで、自動車に関しても最近イヤーモデル的な発想が日本にも取り入れられつつあります。レクサスブランドが、正にこれでISやGS等既存モデルのMCが発表されました。米国等ではイヤーモデルは以前から浸透していたので、特に違和感はないものの、本邦初ということで注目される考え方です。試乗記を読むと、サスペンションのセッティング等改良点が多々あるようです。但し、個人的に一点だけ残念な部分が、、、

それは、前から、注目しているモデルISのパドルシフト。Dレンジに入れたままでは反応しないのですが、これを変えて欲しかった。Dレンジに入っていて、いざパドルシフトを使ってシフトチェンジする際にダブルアクションになってしまうのは、隔靴掻痒そのもの。

ちなみに、他社はこの点を改良しつつあります。例えば、ホンダのレジェンド。5速ATではあるものの、面白そう。まさに、自転車のラピッドファイアー・シフトの感覚で操縦できると思うので、次のイヤーモデルではISでも採用を期待したいところです。

振り返って、カカクコムもユーザーの皆さんの視点に立ちつつ、「もっと使い勝手を良くするにはどうするべきか?」、完全な答はなかなか見つからないものの、探求し続けていこうと思います。

2006年10月 5日 (木)

都市と環境問題

専門ではないので、間違っていたらゴメンナサイ!なのですが、都市に人口が集中していることは地球規模で見た場合、必ずしも環境には悪いことじゃないのではと思います。人口密度が高ければ、概して移動に必要な距離は減少する筈ですし、一人当りの消費エネルギーも田舎で暮らすより案外少ないんじゃないかと想像するのです。

昔よりましになったとは言え、満員電車に乗って通勤する(ある意味効率の良い)都会と、一人乗車の状態で自家用車に乗って通勤しなければならない地方をイメージしたりすると、なんとなく僕の言いたいことが少しは伝わるはずです。

(ちなみに、アメリカ人一人当たりが消費するエネルギーは日本人のそれより遥かに多いのは当たり前の事実として、テキサス州の一人当たり消費エネルギーは全米平均の更に2倍程度になっています。同州だけで日本の倍の面積を有する一方で、人口は1/6という条件が大きな要因と思われます。マンハッタンに住んでる人の方が、カウボーイよりも環境コンシャスな或いはLOHASな生活を営んでいるようなのです。)

この点だけに絞って、日本はどうするべきかと考えると、京都議定書を批准していることもあって、ただ「エアコンの温度設定は控えめに」キャンペーンをTVCMで流すだけでなく、「都民税優遇策」なんていうのを打ち出して更に都市への人口集中を高めた方が、CO2排出削減に役立つのではとさえ考えてしまいます。

もちろん、そんな政策ばかり打っていては過疎問題を筆頭に他の諸問題を更に肥大化させるので、現実的でないことは重々承知してますが、、、

じゃあ実際に東京に住んでる僕らの視点で問題は何かというと、過密都市に住んでいると住居は狭いしゴミゴミしていて人間自体にはストレスが溜まりやすかったり、ヒートアイランド現象よろしく肉体的にもつらいことが多いということでしょうか?マッサージ、アロマセラピー等「癒し産業」がこれからも当面流行しそうだと思いませんか?

2006年9月25日 (月)

本質の議論

ちょっと前の週末に、高校時代のOBの集まりがありました。全員で20~30人程度だったでしょうか。集まりの後に、その内の一人(年次は僕より若いのですが、ずっと優秀な人です)と一次会の場所から程近い横丁の飲み屋で二次会と相成りました。その二次会で、学校というものの本質的価値をどのように捉えてそれをどうやって向上させてゆくべきか、みたいなちょっと硬い話になりました。

学校経営は今大変です。子供の数が激減しているなか各校生き残りに必死です。そこで、スポーツの強い学校、進学校、文武両道の学校など(表面的な)特徴付けが重要となってきます。但し、これは短期的な経営戦術としては、一定限度必要なブランディングの一環として首肯できる策ではあるものの、あまり本質をついた経営戦略ではなかろうというのがそのとき二人が一致した意見だったと思います。

もっと底流に流れるそれぞれの学校のDNA(僕は母校それが『新しい物事を開拓してゆく際に自分の与えられた務めを達成する』ことと理解しているのですが)みたいなものを、代々受け継ぐ力とエネルギーを有する学校こそが、学校間の激しい競争の中、真に輝きを放ち続けるだろうと、、、そして、そうした本質的価値を維持向上させるためには、対外的に有効な表層的ブランディングは(母校を本当に愛するOBとしては)敢えて否定しても良いのではないかと、、、

さて、この議論は会社経営にもスッポリ当てはまります。たとえば、カカクコムの現時点の目に見える強みはコミュニティーであったり、豊富な製品情報であったりして、それはそれで事実です。然し乍、その根底にあるフィロソフィーは「ユーザー視点」であって、たまたま今有用可能な技術が「クチコミ掲示板」であったり「Blog」であったりするわけで、それらは技術の進歩と共にこれからも栄枯盛衰を経験する筈です。

あまりこうした議論ばかりにスティックすると「原理主義」的と揶揄されるかもしれませんが、通期で見て間もなく折り返し地点を通過しようとする今、このことを再度肝に銘じて「本当に役に立つサービス」の開発と提供を続けたいと思います。

2006年9月22日 (金)

Singing Dog

先週でしたかテレビで「犬のルーツを探る」みたいなテーマの番組を偶然見ました。確か、アニマルプラネットか何かだったと思います。

その中で、古代の犬の特徴を最も受け継いでいる種の一つにSinging Dogという犬があるというのです。文字通り訳せば「歌う犬」です。実際、番組の中でも鳴く様子を映していたのですがオオカミの遠吠えに少し似ているようでした。そして、その風貌が日本の柴犬のそれと重って見える点が僕にはとても興味深く感じました。

我が家も柴犬がいるのですが、そういえば夕刻に突然野性が戻ったように家中走りまわってみたり遠吠えみたいな鳴き声を放ってみたりと、品種改良を重ねた洋犬と比べてワイルドな感じが残っているようです。

Singing Dogはニューギニアの犬とされているようですが、(学説では全く間違ったことかも知れませんが)若しかしたら柴犬と先祖が近い犬がユーラシア或いはアジアの方から古代の人々と一緒に海を渡ったのかも知れないなあなんて想像すると、なんとなくロマンを感じます。

2006年9月21日 (木)

翻訳エンジン

大手ポータルサイトには翻訳サービスが装備されるようになってきています。昼食を自分の机で済ましてしまうときなど、時々試してみるのですが、言語というものが論理的でない部分も含んでいるためか(それだけが理由とは正直思いませんけど)、まだまだ改善の余地があるなあと感じることがよくあります。

僕の好きな映画の一つ「フォレストガンプ」で少年時代の主人公ガンプがスクールバスで最愛の女性となるジェニーと隣合わせに座ったとき、ジェニーから“Are you stupid or something?”と聞かれて“Stupid is as stupid does.”と答えるシーンがありますが、この後者を翻訳エンジンにかけてみると悲しい結果が待ち受けています。技術的アプローチの他に、きまり文句みたいなフレーズはアナログに対訳を登録していくことが望まれるのでしょうか?

ところで、こうした翻訳の煩わしさを取っ払う他の方法として、世界共通言語を普及させてしまおうという運動が昔から存在します。いわゆる「エスペラント」或いは「エスペラント運動」がそれですが、僕の周囲でこの言葉を話す人には殆どめぐり合ったことはありません。

そもそも、世界の言葉はグローバル化の進展に伴い減りつつあると信じ込んでいましたが、それすら幻想なのかも知れません。アフリカの言語が民族の消滅にともなって消えてゆく一方で、ソ連の崩壊にともなって民族固有の言語復古運動みたいなものも盛んなようですし、、、

2006年9月20日 (水)

ロードスターRHT/お好み焼き

MazdaのロードスターRHTが発表になって一ヶ月になります。日本のように蒸し暑い夏がある国では、本来オープンカーは冬の乗り物(*)なので、これからがシーズンです。いいタイミングで発表したなあと思います。

街中では未だ見かけませんが、ディーラーショールームにはちらほら飾ってあるのを見かける度に、青空駐車でオープンカーが欲しいという人にはもってこいのモデルだなあと思います。ただ、「ルーフの色を異色にすれば、更に重心が低い感じが出せていいのに。ロータスエランに白いルーフのやつがあったみたいに、、、」と思うのは僕だけでしょうか、、、

(*)「雨にも冬の寒さにもマケズ」オープンにしてオイルスキンコートなんかを羽織っていると格好良いですねえ。

オープンカー、実は僕自身は一度も所有したことがありませんが、以前友人にBM3シリーズの4座オープンに乗せてもらったことがあって、夏の夜だったのですが「気持ちいいなあ」と強く感じたのを憶えています。

こうして書いている間にも沸々と興味が湧いてきてるので、一度ディーラーに行って実車を間近で見てみようかと考えてます。今の駐車場は3階構造の立体駐車場の真ん中の階なんですが、ソフトトップではこうした環境で維持するのはキツイのでしょうか?そこらあたりを中心に聞いてみたいと思います。

でもその前に、Mazdaといえば広島ってことで、お腹の空く夕刻のこの時間、会社の近くにある広島風のお好み焼き屋「れもん屋」に行ってタラフク食べたい気持ちの方が正直まさっている気も、、、

2006年9月15日 (金)

試験に出ない英熟語

英語に中学で接し始めて30年以上が経ちます。でも未だに「へぇー、そんな表現あるの!?」と驚くことが多々あります。どなたか「試験に出ない英熟語」なんていう本を作ってくれれば、売れるとおもいます。少なくとも僕は買います。

例えば、自動車の「トランク」をイギリスやオーストラリアでは靴のブーツ“boot”って言うのが普通だとか、「オーブンにパンがある」=“have a bun in the oven”で「妊娠している」とか、こういうのは大学受験には絶対出題しないでしょう。

でも、大人になって英語をカジリタイと思っている人の中には、(僕みたいに)ちょっと変わった表現を覚えたいという人も少なからず存在するのではないでしょうか??通勤電車の中の絶好の暇つぶしになると思うんですけど、、、

2006年9月14日 (木)

巣鴨地蔵通り商店街

少し前ですが、巣鴨にある地蔵通り商店街に週末足を運んでみました。「おばあちゃんの原宿」と言われだして久しいですが、学生時代学校と親友の下宿がこの近くだったので、よく通った道です。久々に彼の下宿があったところを訪れると、昔と一変しきれいなアパートが建っていました。

次に、とげぬき地蔵様でお参りをすませて、となりにあるカレーうどん屋「古奈屋」に入り天婦羅入りのやつを頂きました。随分とクリーミーなカレーうどんでちょっとびっくり。カレーうどんといっても色んな種類があるんですねえ。

そういえば、地蔵通りから国道17号を渡ったところに豊島市場がありますが、昔その横に大沢食堂という店がありました。おやじさんが、確かボクシングの元全日本チャンピオンで若き日のリング上での写真が飾ってありました。今は、千石に移っちゃったんですね。カレーが辛かったけど、呑んだ後などよく行きました。

こうやって、特に目的もなくふらっと街を歩いてみるのって、意味が無い分ストレス発散にとても効果があると思います。

2006年9月 6日 (水)

ドップラー効果

ちょっと前の週末の夜に近所でボヤ騒ぎがあり結構な台数の消防車やパトカーのサイレンの音で、眠りから醒めたことがあります。その時、「ドップラー効果」というのを改めて感じました。近づいてくるときに音が高くなり、遠ざかるときに音が低くなるというアレです。

これって音波が相対的に圧縮されているか伸張されているかに拠るのでしょうが、一度試してみたいのは「じゃあ、サイレンを鳴らしている車と同じ方向に同じ速度で走れば、音は「止まっている車と止まっている人の関係」と同じように(本当に)聞こえるのか?ということです。その筈ですが、救急車やパトカーがサイレンを鳴らしてくるとこちらは停止せざるを得ないので、実際にはできません。救急隊員か警察官になれば別ですが。

さて、光も波ですから、同様のことが起こっているそうです。地球の公転の関係で、相対的に近づいているときは星は紫色がかって見えて、遠ざかっているときは赤みがかってみえるという訳ですね。夏と冬では、温度湿度等他条件が一定でも同じ星の色が違って見えると、、、でも、肉眼では感じたことありません。少なくとも、僕は、、、autumnal equinox dayが近づき、季節が変わりゆく夕刻、なんとなくそんなことが頭に浮かびました。

PS:バイオリズムという波が本当にあるのか知りませんが、もしそうなら僕の波長と他の人の波長はそれぞれが良い/悪いではなくこのドップラー効果のように、相対的に論じられるものかも知れません。お互いが進んでいる(その時々の)ベクトルによっては、相性が良い場合もそうでない場合もあるのでは?

2006年9月 5日 (火)

坂道

昔、誰だったか、「坂道のある街に住んでいる人の方がストレスが少ない」などということを教わったことがあります。本当でしょうか?ただ、たとえばモンゴルかどこかの、どこまでも果てしない平原に自分が立っていることを想像すると、相対的なポジション感覚を喪失してしまい不安になるような予感もします。

ちなみに、以前住んでたヒューストンはとても平坦な土地でしたが、蒸し暑い気候であまり外に出る機会がなかったせいか、そういう気持ちになったことはありません。また、日本から見ると地球の反対側みたいなものですから、「ここは日本と違って当然だ」という先入観が何でも受け入れてしまう自分を作ってくれてたのかも知れません。

それに対して、台湾は成田から飛行機でわずか3時間。しかも台北は盆地で坂道も多いのに、「日本とこんなに近いのに、どうして言葉が通じないのか」とか、「文化や風習がどうしてこんなに違うのか」と「同じアジア」であるのに通じ合えない部分があることにとてもストレスを感じました。「お互い肌の色も同じなんだから分かってくれよ!」という甘えがあった訳です。

人の感情とは複雑に形成されていると感じます。今、思い返すと。

2006年9月 1日 (金)

pay per view

日本のプロ野球の視聴率低迷が続いてます。セリーグは上位チームのゲーム差が開いていることもあるのでしょうが、そもそも日本人の時間の過ごし方がこれだけ多様化した今、昔と同じ視聴者の数を求めるのも厳しいのかもしれません。

アメリカでは、ケーブルテレビで視聴する場合、地元チームの試合を観るのは大概Pay Per Viewつまり個別の試合番組にお金を払う必要があります。NYに居るとヤンキースやニックスの試合を観るにはお金を別途払うことになりますし、ヒューストンに居るのならアストロズやロケッツの試合は有料になる訳です。

日本も地上波デジタル放送に完全に移行すれば、技術的にはこうしたことがキー局でも可能になるでしょう。また、サンプリングではなく、全てのテレビ端末の視聴状況も把握できるようになるでしょうから、「視聴率」の調査方法も変わってくると思われます。

双方向的になってゆく放送と、そもそもインタラクティブなインターネット、マスマス境界が曖昧になっていく時代に突入しつつある中で、当社としてはメディアや時代の変化に順応しながら常に満足して頂けるコンテンツを今後も提供していきたいと思います。

2006年8月29日 (火)

やのあさって

聞きなれない言葉ですが、「やのあさって」という単語があります。大学の日本語学のテキストだったか、地域によって「しあさって=三日後」を意味するところと、「しあさっての次の日=四日後」を意味する場所があると書いてあったような記憶があります。

日時を示す言葉の定義に「一日」の差があるのは、相当問題です。友人と会う約束だって誤解?の下に、果たせないことだって有り得ます。方言とはいえあんまりといえばあんまり。まあ、そんな紛らわしい言葉を使わなければ良いのですが、、、

些細なテーマといえばそれまでですが、検索エンジンで調べると結構このテーマについて語られています。気になる人が僕意外にもいるんですねえ。

さて、「しあさって」からは9月です。会社としても、秋に向けて新たなサービスを提供し、ユーザの方々に喜んで頂ける様、努力を重ねて行きたいと思います。

2006年8月23日 (水)

スーツ

今日は、ほぼ一日中IRで機関投資家の方々とお会いしてましたので、スーツ姿でした。最近、ずっとそうです。日本の蒸し暑い夏にはナカナカ厳しいイデタチですが、先方も同じような格好なので、どうしてもスーツになってしまいます。

ただ、このまま温暖化が進むとほんとに仕事中に着るものも変わっていかざるを得ないのかも知れません。スーツ量販店の資本提携等話題がつきませんが、案外縮小するマーケットと考えるのは短絡的に過ぎるのかも、、、新たな仕事着市場が創出されたりして。

それにしても、温暖化って英語ではgreenhouse effectといいます。グリーンハウスってグリーンという言葉が入っていて、なんとなく環境に悪い感じが希薄で奇妙な気分になります。

2006年8月22日 (火)

ステレオタイプ

歳を重ねるにつれ、ステレオタイプな思考回路に陥るリスクを肝に銘じる重要さを痛感します。経験を積むことにより、もっとも当てはまりやすそうなケース或いは、今迄にもっとも頻繁に発生した過去の事例に(無意識に)物事を解釈してしまう傾向が一般にあるように感じるからです。

例えば、外来語の功罪を考えるとき、日本語で言い尽くしにくい表現を補ってくれるという便利な面がある一方で、その用法からもとの定義を誤解しやすいというリスクも孕んでいます。Produceなんて英単語は、結構な頻度で(ポケット等から)物を取り出すみたいな意味あいでの使用を目にしますが、外来語の使われ方からすると、「作り出す、創造する」みたいな意味しか浮かびません。英語を勉強する端緒を外来語に求めつつ、実際の意味をキチンと教えるというのも有効な教育方法なのかもしれません。

もう一つ、ステレオタイプという言葉で(小さい時から)すぐ思い浮かべてしまうのが、味とか匂いとか音といった感覚に関することです。そうした感覚は最終的に脳で感じ取っているのですから、個人によって感じ方は違っていても不思議ではありません。否、寧ろ当然といってもよいでしょう。便宜的に、ある記号例えば「辛い」「甘い」等と一定のクラスターに整理して他人と情報を共有していますが、本当に同じように感じているのか?実は全く異なる実感を同一の言葉で、お互い感覚を共有している錯覚にいるのではないか?

でも、幾何学でいう公理みたいな前提がゆらぐと、コミュニケーションは成り立たないので、いつもこの思考は途中で停止するのですが、、、

とにかく、出来るだけバイアスを排除してありのままに物事を見つめて、そのときの感覚・感想を可能な限り正確に伝える能力を身につけたいものです。

2006年8月18日 (金)

ババ・ガンプ・シュリンプ

会社のすぐ傍にある「ババ・ガンプ・シュリンプ」というお店に偶然入りました。今日の昼食に。中は、フォレストガンプの写真やらグッズでいっぱいで、12年前の映画の情景が思い出されとても懐かしい気分に浸ることができました。料理も映画になぞらえて、シュリンプ系のメニューが豊富でした。

原作者のWinston Groomの著書は粗方読んでますが、他は南北戦争とかベトナム戦争とか戦争物が圧倒的に多いですね。テーマとして。その中の一冊で(題名は覚えてませんが)、C rationという言葉を知りました。今日の昼食は美味しかったけど、C rationは、たぶん否絶対、美味しくないんだろうなあ。さて、この原作Onlyという犬をテーマにした本は英語も平易なわりに、ジーンとくる内容であったりして、お薦めしたい本です。

ところで、映画の中ではガンプのお母さん(サリーフィールドが演じてました)の台詞で"Life is like a box of chocolate, you never know what's you gonna get."という一節は今でも時々思い浮かべることがあります。ほんと、人生なんてどうなるか全く分からないものです。

2006年8月16日 (水)

マルタ島のネコ

1年以上前だったと思いますが、BS放送で「マルタ島のネコ」みたいな題名の番組を見ました。何故か、この島には飼い猫、野良猫含めてネコがたくさんいて、どちらもとても幸せな暮らしを営んでいる、そんな平和なそして穏やかな番組でした。

ある青年は、一日の日課が島中の野良猫に餌を与え歩くことだけといった、浮世離れした風景が今でも強く印象に残っています。彼は、その行為によって実は自分が癒されているのだと感じました。自分で行ってみて、想像を超えた別世界を体験してみたい!と思います。ところで、こんなテーマでもフォートラベルにちゃんと旅行記がありました。手前味噌ですが、スゴイ!と思います。その網羅性に、、、

ある場所に旅に出るときに、テーマを絞ってしまう。たとえば、今回は「食べる」だけ「教会を訪ね歩く」だけとか、或いはこの様に「ねこを見る」だけとか、そういうのってとてもリッチな旅に思えます。

2006年8月11日 (金)

コーヒーと紅茶

台風が去って、今日も東京は夏!って感じです。この季節に、スターバックスコーヒーで「コーヒー」と注文すると、「温かいのですか?」と聞いてくれます。アイスコーヒーと間違えないように、マニュアル化しているのかもしれません。紅茶はあまり頼まないのですが、若しかしたら同じように確認してくれるのかも、、、、

ちなみに、(最近は違ってきているようですが)米国南部ではアイスコーヒーって飲みません。逆に、紅茶はアイスティーで飲むのが普通です。ピッチャーにいれて、日本の夏の麦茶のように、、、最初は面食らいました。日本と全く逆な感じがして。

ただ、僕が米国にいたとき、どうしても外でアイスコーヒーが飲みたくなったときには、ベトナム人街に行ってカフェで注文すると日本のアイスコーヒーにかなり近い飲み物が出てきたのを思い出します。フォートラベルでベトナムの頁を見ていたら、本国でもあるんですねえ。やっぱり。

2006年8月10日 (木)

フーコーの振り子

今日は、台風一過で東京は晴天でした。高校三年生の夏(もしかしたら一学期の最後の日)に地学を選択している学生で、上野の博物館に行ったことを思い出しています。その日も今日と同じような晴れの日だったと覚えています。

地学担当の先生が引率してくれたので、まず最初に見たのがフーコーの振り子です。地球が自転している証拠に、一時間に15度ずつ振り子の振れる角度が移動して、24時間後に元の位置にもどるというアレです。

その時は、そんなに長い時間それを見ている余裕もなくて、すぐに他の展示物に移動してしまいました。確か、上の階に、mummyいわゆるミイラが展示されてて、地学とは関係なく一番興味が湧いたような気がします。

そして、学生を卒業して会社に入り7年目、米国ヒューストン駐在になって、現地の博物館に行ったとき、突然目の前に現れたのがフーコーの振り子でした。当時幼稚園生だった息子と、今度は三十分位眺めていたと思います。リンク先の写真にあるように、振り子が移動すると立ててある棒を倒してゆくのが妙に飽きが来なくて、ただただボーっと観ていました。

一見動きがないように見える振り子は、殆どの人が退屈そうに通り過ぎるだけのようでしたが、僕には高校生の自分がフラッシュバックして、そして家族を抱える僕がそこにいると感じて、その間におこった様々な出来事をこの振り子が刻んでいるといったメタファー的なものを感じたというか、自分の中の体内時計を見ているような感覚に陥ったのです。

今週、その高校時代の友人と食事を共にする機会がありました。彼は地学を選択してなかったと思いますが、食事をしていた間はやはり僕の頭の中で「フーコーの振り子」がスウィングしてました。

2006年8月 9日 (水)

イヌの話

自宅にイヌを飼っています。柴犬です。去年のGW頃に家の近くのペットショップから我が家にやってきました。最後まで、柴犬にしようかジャックラッセルテリアにしようか悩んだあげく、個体差もあるのでしょうが、ジャックラッセル(*)の運動量は半端ではないとの話におののいて、柴犬にしました。

(*)映画「クリムゾン・タイド」の中で、潜水艦の艦長(ジーンハックマンが演じてました)が愛犬を艦内に連れていましたが、そのときのイヌはジャックラッセルだったと思います。タレント犬のお手本で、お行儀良くしてましたが、実際には潜水艦という狭い空間に長い間いることは、この犬種からして到底無理だと思いますが、、、

動物が苦手な人には理解しがたいのでしょうが、イヌといると(僕は)とても癒されます。「イヌの言葉が分かったら」と考えるときもたまにありますが、「言葉が通じないから良いのだ」とも感じます。イヌも僕も(たぶん)双方向的に通じ合っていると思い込んでますが、言葉が通じるととんでもない誤解だということが白日の下に晒されてしまう気がするのです。

僕が、イヌの名前を呼んで自分の方にやってくるのを「忠犬」と感じても、イヌは「えさでもくれるのか!?」なんて考えてるのが、実際に分かっちゃったら興ざめです。そういえば、「いぬのえいが」のなかでバウリンガルを使った一コマがありましたが、「まあよくもこんなストーリーを、いったい誰が考えたんだろう」と感心したことを思い出します。

2006年8月 3日 (木)

マイニング

オフィスにいると「(データ)マイニング」という単語が社員の間で飛び交うのをよく耳にします。データを(スマートに)解析して傾向値や特性を導き出すこととでも定義すればよいのでしょうか?

でも、マイン=mineって、もともとは鉱山を「掘削する」「採掘する」との意味ですから、どこかしら「ゴリゴリ加工する」みたいに僕には聞こえてしまい、耳にするたびちょっとした違和感を覚えます。

ただ、若しかしたら、そもそも英語のminingと日本語の掘削・採掘はちょっとイメージが違っていて、この違和感はそこからくるのかも知れません。具体的にイメージするために、Newmontというアメリカはテキサス州ヒューストンに本社のある超大手鉱山会社のHPを覗いてみると、いわゆるOpen-Pit(露天掘り)が中心であることが伺えます。そんなに深く掘らなくても資源があるんですねえ。うらやましい。

これに対して、(間違ってたらごめんなさい)僕の勝手なイメージでは、日本の場合、鹿児島の金山を例にとってもトンネルを縦横に奥深く掘削してゆくもので、いわゆる「ゴリゴリ」感が強いのです。

だとするとマイニングという外来語の語源は、案外日本の掘削という単語よりもあっさりした語感を有しているのかなあ、また、この言葉をつまり(データ)マイニングを連発する社員の使い方は正しくて、僕の抱いた違和感の方が間違っているのではないか!?なんて思いました。

PS:鉱物資源の豊富な国、オーストラリア。ベンチマークとなる金利Cash Rateを約五年半ぶりに6%に引き上げました。AUDの為替相場も強含みできているし、景気がいいんだなあ。

2006年8月 2日 (水)

読書

自戒を込めて書くのですが、最近活字を読む機会・時間・量全てが少なくなってきていることに苛立ちを覚えます。

新聞は、朝電車の中で読むのですが、せいぜい30分がいいところですし、読む内容も時事問題や政治・経済欄に集中しがちで、また、纏まった内容の物を読破するという行為から久しい自分がここにいます。

ああ、自堕落な自分、と嘆いて終わる夏にはしたくないので、今週末には何冊か本を買い込もうと考えてます。今読みたいなあと思い浮かぶのは、トムクランシーの"Netforce"シリーズ。最近、トムクランシーともご無沙汰です。このシリーズが始まったのは、インターネットが普及し始めた10年位前だったと思います。

いわゆるエンタメ小説の範疇ですし、ネット上のサイバー犯罪を取り締まる側から見たお定まりの勧善懲悪小説ですが、構成やアイデアは非常によくできていると思います。また、インターネットが世に出始めた当初から、これをシリーズ物で立ち上げた彼の経営感覚にも脱帽です。

英語のブラッシュアップにも少しはなるかもしれませんし、久しぶりに「男っぽい」文章に触れてみたいと思います。通常"so"という副詞が使われる箇所は大半、"that"に置き換わっているような、、、

2006年7月28日 (金)

新丸ビル

今週は仕事で丸の内界隈に二度程行きました。丸ビルが新しくなって数年経ちますが、いま新丸ビルが完成間近です。これで、丸ビルより新丸ビルが古いという変な状態が解消されます。

どんなお店がテナントに入るのか楽しみです。ただ、以前新丸ビルには不二家が一階に入っていて、そこの何となくのんびりした雰囲気の中で紅茶を飲むことにハマッてた頃があったり、旧丸ビルの精養軒も中二階みたいな空間が素敵に思えて通ったりしてましたが、新しいお店には伝統だけが醸し出せる風情みたいなものが未だ身についていません。当たり前のことですが、、、

そして、最近の丸の内界隈のビルの玄関はどれも立派で、大きなものばかり。詩人中原中也の在りし日の歌の中「正午 丸ビル風景」の一節「大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口」に象徴される風景はもう無くなってゆくのでしょうね。

2006年7月26日 (水)

(電子)辞書選び

家族から「電子辞書が欲しい」と言われだしてから久しくなります。確かに、たとえば標準的な国語辞典と英和辞典だけでも相当な嵩と重量になるので、電子化する価値が大いにあるコンテンツだと言えます。

で、カカクコムで調べてちょっと困りました。英和、英英などの機能の有無はスペックで分かるのですがどこの辞書が搭載されているのか分かりません。例えば、英和辞典の場合、僕は網羅性を重視するので「リーダーズ英和辞典」を好むのですが、どの電子辞書がそれを搭載しているのかメーカーHPに行かなければならないようです。まだまだ、コンテンツ充実・改善の余地の多いカテゴリーと思いました。

ところで、親戚の子供たちが中学や高校に進学する度に、紙の英和辞典をプレゼントすることが多いのですが、語彙やイディオムの数や質は勿論のこと、そこへの辿り着きやすさを注意して選ぶようにしています。卑近な例では、"flying colors"という言い回しをflyingとcolorsの両方から索引できること、またその前によく付く前置詞はwithであることが明示されているといったことを本屋さんの書棚で、いくつかの単語やフレーズについて複数の辞書でチェックして、「これがいいかな」と判断します。

まあ、どんな辞書であれ使い倒してこそ価値がでるものです。プレゼントした辞書、この夏休みにすこしは使ってくれているかな?

2006年7月25日 (火)

新聞記事

今朝のInt'l Herald Tribune紙の10頁目に米国におけるYahooとGoogleの社風、新規サービスの質と方向性等々についてかなりのスペースを割いて記事が掲載されています。

ニューヨークタイムスが記事元のようですが、「言われてみれば当然」の内容とはいえ、普段漠として感じていた事柄がとても良く整理されていると思いました。拙訳はお赦し頂きたいので、週末図書館等でお読み頂ければと思いますが、やや守りに入った感と攻めの姿勢の強い両社の雰囲気?を上手く比較して論じているなあと。ただ、質志向のYahooに対して、イノベーション志向のGoogleといったステレオタイプではなかなか評価しきることは無理があるなあとは、正直感じましたが、、、ちなみに記事の最後のほうにはSNSのトラフィック対比でMySpaceが引き合いに出されてます。

また、さらに余談の部類に入りますが同紙のトップ頁では、レバノンとイスラエルの紛争(既に戦争と呼んだ方が実態を表しているのかも知れないほど被害が膨らんでいます)記事が一番スペースを占めていますし、WTO決裂に関する記事も欧米を軸に書かれている等、本邦の紙面構成とはかなり趣きを異にしています。

いずれにしても、どちらが正しいというのではなく、世界には色んな価値観と視点が存在していることを忘れずに、様々な立場に沿って物事を理解する素養だけは持っていたいものだと感じました。

2006年7月21日 (金)

海外に出かけたい

この2年間、公私を問わず海外に一度も出ていません。平穏な日常の大切さ、有難さを感じるためにも、非日常を体験することは大事だと思います。何かと忙しいので、金曜日から2泊3日でも良いから・・・

そういえば、この間、お取引先の方との食事の席で、日本人と日本語の起源説みたいな話題で盛り上がりました。DNAの解析結果から日本人のルーツが云々とか、日本語の起源をウラルアルタイ語族から求めたり、昔話題になったタミル語説に飛んでみたりと、、、

その席で、「中国大陸南部だとかベトナム辺りにもとても親しみを感じる」みたいな事を先方の方が仰ってました。食事も言語も違うと思うんですが、「非日常」を味わうためには、寧ろ違っていた方が良いので、実際に僕も一度行ってみたいと感じてます。まあ、いつ実現できるかわからないですけど、先ずはフォートラベルでバーチャルに旅行に行った気分に浸るかな。

2006年7月14日 (金)

奈良へ出張

木曜日に奈良の方に出張してきました。東京もここのところ毎日暑いですが、あちらも暑かったです。さて、新幹線の車中読んだのですが、Japan Timesに「MySpaceのトラフィックがYahooのそれを上回った」旨の記事が出ていました。Yahoo側はカウントの方法に異議ありと、反論していますが、いずれにしろ拮抗しつつあるのだろうということは想像できます。ただ、メディアとしての価値という段になると、両者はまだ開きがあることも事実でしょう。しかし、本邦でもこうした動きは既に相当進んでいますし、当社としても今まで以上に注視していきたいと思います。

ところで、奈良の公園は芝が青々としていて鹿がたくさんいました。タクシーの中から、観光客の人々からえさを貰っているのを眺めていたら、運転手さんが、「芝刈りは一切していません。鹿が食べてくれるので、」とのこと。なるほど。

2006年7月12日 (水)

カバン

最近手荷物を最小限にとどめて、カバンを持ち歩かないようにしています。ただ、大切な書類等、どうしてもカバンがあった方が良い場合も確かにありますね。今日も、朝方業務の関係で、市役所に行って住民票等を貰ってから出社したんですが、ソフトなカバンに入れたので、電車の中で折れないように神経を使いました。

じゃあ、丈夫なカバンは何だと言えば、ゼロハリだったり、リモワが先ずは候補にあがるのかなあ。ただ、ゼロハリは既に小、中、大(全部、アメリカで当時日本の半値位で手に入れました)と三つ所有しているので、新たに興味が沸くのはリモワの方ですね。個人的には。一度、ドイツに出張したことがあって、現地価格で安かったし買って帰りたいと切実に思ったのですが、荷物が多すぎて断念したことがあります。残念。

でも、インターネットで見るとずいぶん国内でも値段がこなれてきているようなので、小さめの奴を手に入れてみようかな。

2006年7月10日 (月)

業界用語?誤用?転用?

先般、人前で「前広(まえびろ)に準備する」という言い方をした際、他の人達から「なあに?マエビロって?」と問い返しをされてしまいました。「事を起こす前に充分な準備と時間をとって」みたいな趣旨が含まれている言葉と勝手に解釈して、かつ一般的な用語と錯覚し今まで使ってたんですが、世間一般ではあまり使わないようです。銀行は結構使うと思うんですが、、、でも、この前ある証券会社の社長さん話をしていた際、彼も「前広に」と言っていたので、金融業界では違和感の無い言い回しであると言って良いようです。

さて、カカクコムの属する「ネット業界?」でも(比較的歴史の浅い業界にも拘らず)業界用語或いは専門用語は結構存在するんだなあと感じることがしばしばあります。Defaultなんて最たるもので、金融業界だと「債務不履行」を指すのが常識なのに、この業界では「初期値」とか「規定値」を意味します。4年ほど前に、金融業界から此方に転じた頃は社員の皆が『デフォルト』と口にしていて、面食らいました。

さらに、こうした業界特有の使い回しに加えて、「外来語」の「誤用」と「転用」が混在するからマタマタ日本語を難しくしている面も無視できません。たとえば、Moratoriumという単語は、「支払い猶予」とか「一時停止」を意味しますが、それが転じてモラトリアムは「思考停止」⇒「何もしない」(大学生時代)みたいな用法が日本だけでは通じてしまいます。

今回のワールドカップサッカーを機に引退を表明した中田選手。「自分探し」をされると報じられていて、これにもモラトリアムという単語を思い浮かべた人も多いかもしれません(思い浮かべる世代はちょっと上かもしれませんが)。でも、英語的に言えば(たぶん)soul-searching あるいはself-searchingという表現がまだしも適切ではないかと思います。

ところで、週末にふらりとTOWER RECORDSによってTom WaitsのReal Goneというアルバムを買ってみました。車の中で聴きましたが、いやあ相変わらず「魂の叫び」って感じで、その前のBlood Moneyと同様心が揺さぶられました。好き嫌いのはっきり分かれるミュージシャンと思いますが、僕は大好きです。なんとなく、ロートレックの描く「ムーランルージュ」の世界や高田渡と重なる気がして、、、

2006年7月 5日 (水)

台風とコリオリの力

台風が来ているそうです。昨夜、会社の人達と話をしていて教えてくれました。日本から逸れてくれると助かります。せっかくの週末が雨と風では勿体無いです。飼っている犬も雨だと散歩に行きたがらず、閉口しますし、、、

さて、台風って一般に(北半球の場合)北上するに従って西から東にずれていくケースが多いですよね。テレビで天気予報を見ていると「気圧配置が」とか「上空の偏西風に乗って」なんて言葉が、進路を決めるキーワードのように用いられることが大半と感じますが、もう一つ普遍的といっても良いものが「コリオリの力」です。

高校で地学を選択した人なら覚えているかたもいるでしょうが、いわゆる見かけ上の力です。僕はこれを習ったときのことを今でもとても良く憶えてるんですが、最初全く理解できなかったのです。恥ずかしながら。参考書を読んでも、最初しっくりこなかったし、学校の先生が言っていることもチンプンカンプン。でも、上記リンク先の説明はとてもわかり易いです。もし、現在高校生の方で、コリオリの力を勉強しているひとがいたら、この頁を読むとよいでしょう。

で、地学ネタで話が跳んじゃうんですが、地震のエネルギーを示すマグニチュード(magnitude)って英字新聞などではRichter Scaleと呼ばれることがよくあります。前にも、このブログで書いたことですけど、単位というか呼び方というか国によって異なるのはホント困りものです。是非、統一して欲しいです。

また、このマグニチュード自体、√1000のLog対数です。つまり、マグニチュードが「1」違うと32倍近くエネルギー量が違うということになってます。数字がリニアに変化していっても、それで表されるエネルギー量は二次曲線的に変化するっていう訳?大きな数字を扱う都合上こんなことになったんでしょうが、それにしても地学ってヘンテコリンですね。

2006年7月 4日 (火)

独立記念日

今日7月4日はアメリカ合衆国の独立記念日です。1776年から数えて230年。アメリカの学校で歴史教科書がいつを起点にしているのか知りませんが、近現代に重きを置いた記述になっているだろうことは想像に難くありません。その代わり、(多分)とても細かく覚えなくてはテストの点がとれないことになっているんじゃないでしょうか?どっちが楽ですかね?日本のように長い歴史を学習するのと、アメリカのように「比較的短期間」をくわしーく勉強するのと、、、

実は、僕もそのアメリカの歴史には以前から純粋に興味を抱いていて、何冊か本を読んでいます。その中でも、最も印象に強く残っているのがNeil Sheehanという著者によるBright Shining Lieという一冊。著者はベトナム戦争の従軍記者としての体験を他文献も詳細に調べ上げて補強した大作です。ペーパーバックでも800頁位あるので、本自体重たいですが、一読の価値は大いにあると思います。「輝ける嘘」という邦題で翻訳も出ているようです。また、David HalberstamのThe Best and the Brightestを薦める人も多いかと思います。ここは好みの問題・領域なので、僕としては敢えて意見は申しませんが、どちらも名著であることは確かです。

さて、アメリカの歴史のもう一つ大きなテーマとして、僕が興味を抱いているのが南北戦争「Civil War」です。こちらも参考になる本がたくさん出ていると思いますが、自分の好きなもう一人の作家Winston Groom(フォレストガンプの著者でもあります)の一冊からでもこの夏読んでみようかと思案の最中です。と、一応「独立記念日」に敬意を払って、アメリカの歴史をもう一度勉強してみようかな、と思った一日でした。

2006年6月30日 (金)

casual friday

金曜日です。Casual Fridayってことで、本来ならちょっと楽な格好で出社したいところでしたが、今日は金融機関との打ち合わせなどもありスーツとなりました。 その方から高度な質問を受けて少し緊張したこともあるんでしょうが、それだけでなく着ているものによっても、(気のせいだけかも知れないけれど)精神面もフォーマル/カジュアルの切り替えがあるように思います。また、地域や職業によってもフォーマル/カジュアルウェアのクライテリアは様々で、例えばカーボーイのフォーマルはWranglerのジーンズとなるわけです。僕もWranglerのBootCutジーンズ、子牛の皮のブーツ、そして何と銀製のでっかいバックルを持っています。が、ここ東京では、なんとも恥ずかしくてそれらを身に着けて、外出したことはありません。本場のカーボーイはBootCutのジーンズに(たぶんアイロンか何かで)まるでスーツのズボンの様に、真ん中に折り目を入れている人も結構見かけますが、あれを東京でやっても理解されないんだろうなあ。

ちなみに、NBAの常勝チームの一つDuncanを擁するSan Antonio SpursSpurってロゴのU文字のデザインにあるようにカーボーイがブーツの後ろに付けて馬の腹を蹴るためのものです。これで蹴りを入れられたら痛そうですねえ。

2006年6月29日 (木)

暑いです。

昨日、今日と東京はとても暑いです。まるで梅雨が明けてしまったようです。30度は確実に超えているでしょう。ところで30度って、いわゆる摂氏(Celsius)ですが、華氏(Fahrenheit )だと86度になって、なんか日本人の感覚では実感しにくい数字ですね。確か、華氏の数字から32を引き算して、さらに5/9を乗じたものが摂氏になると記憶してますが、毎回頭で計算する気にもなれず、米国に駐在、あるいは留学をすると最初面食らうことになります。ちなみに、以前住んでいたテキサス州ヒューストンはこの季節毎日90~95度はいきます。

さて、米国は温度に限らず、距離をヤードやマイル、重さをポンド、液量をガロンなんかで測ることが標準ですが、何故ヨーロッパやアジアとこうも違うんですかねえ。今まで、あまり深く考えたことがなかったんですが、どなたかご存知の人がいらっしゃれば教えてください。

2006年6月27日 (火)

昼休み

昼食を食べてきました。会社のすぐそばにある日中友好会館の中華料理を。そして、その後、6/11まで開催している現代中国美術展を観てきました。今日の中国芸術家が、現代美術とはどういうものかを葛藤しながら模索している様子が感じられてとても面白かったです。

その内の数点は西洋美術にヒントを求めていることが明らかで、ピカソ的キュビズム、ルソー的素朴派(東京だと砧公園の中の世田谷美術館で何点か展示されてますね。常設展の方で)というか「葉っぱを隅々まで詳細に描きつつ、遠近感を喪失させる」手法、そしてボテロ的に「とにかくファットに描く」手法等、興味深く鑑賞できました。

ところで、オフィスのあるビルに戻りエレベータに乗ったところ、中でかかっていた音楽がペンギンカフェオーケストラでした。いやはや、ボテロがやたら日本で流行った80年代後半位でしたか、こちらの音楽も流行りました。環境音楽とでも名づけるんですかねえ。実家に帰ればLPがあるはずなんで、CDに焼いて、敢えて室内では聴かずに車の中で聞いてみようかな。

2006年6月23日 (金)

言語の話

syntaxという言葉をご存知でしょうか?統語論などと訳されることが多いようですが、英語を外国語として学習する際には(多分)とても重要な概念だと思います。英語は一般に各品詞の格変化が非常に乏しく、その文脈の意味づけを言葉の序列に頼ることが多いからです。

これと対極にある言語の一つがロシア語と言ってよいでしょう。何しろ、数詞たとえば「1」という数字の読み方でさえ(確か)軽く10通りを超えて変化します。おぼえるのは一苦労ですが、一端理解すると言葉の順番がどうなろうが、それが主語なのか目的語なのか一目瞭然です。逆に、言葉の順番を入れ替えることで、英語でいう強調構文(It is ~ that)に相当する意味づけが出来てしまう等便利な面も持ち合わせています。ただ、ホント憶えるのが大変。僕は学生時代の専攻だったのですが、卒業して20年以上も経つのに、今でも格変化の(悪)夢を見ます。ただ、語学には確かに天才というものが存在します。同級生でたった三ヶ月で当時ソ連の新聞(ガゼータといいますが)イズベスチヤをスラスラと読む人がいて、「ああこの世界では俺はダメだ」と悟り、その後ロシア語とは関わりを持たないように気をつけて暮らしています。

ただ、統語論とか言語学というものが、以前はどちらかというと否定的な意味でのアカデミズム的な色彩を帯びて、一般社会との連関がイメージしにくかったのが、ここに来てインターネット上の検索エンジンの性能向上みたいな分野で相当役立っているんじゃないかと思います。

2006年6月22日 (木)

京都に行ったこと。

最近京都に行ってきました。なんで思い出してここでそのことを今書いてるかっていうと、この直前にタカダワタルのことを考えていたから、、、彼の歌「珈琲不演唱の中にも出てくるイノダコーヒー三条店に初めて行きました。 ホットコーヒー(ミルク入りと最初に頼むとミルク入りで出てきます)とサンドイッチを頂きましたが、美味であったことは勿論の事、「歌に出てくる店に自分もいるのだ」と思うと(ちょっと大げさだけど)一つ夢がかなった気がしてとても嬉しくなりました。

その後、「はれま」にいってちりめん山椒をたんまりお土産に買って帰りました。食べログによるとおとりよせも出来ます。是非ご賞味を。ほんと、美味しいです。