タタールのくびき

ロシヤが以前モンゴルに支配されていたときの時代・状態を総称して「タタールのくびき」と呼ばれています。「山川の世界史用語集」で習ったこと、皆さん覚えているでしょうか?さて、今日の社会または会社生活の中で、抑圧されていると意識している状態はともかく、そうでない場合=「抑圧されていることを無意識に受け入れている状態」が、現代人として最も危惧すべき現代版「タタールのくびき」ではないでしょうか?

会社というシェルに範囲を限定すると、「成功体験から脱することへの恐怖」も一種サブコンシャス的「タタールのくびき」でしょう。絶対に守るべきフィロソフィーと、変えなければいけない、或いは捨てなければいけない「過去からの遺産」とどう決別するかの切り分け・整理は、変化の早い現代の会社経営の要諦の一つであることは論を待たないと思われます。

様々なファクターを頭に入れて、最後に「こうしよう」と決断・判断をする際に、過去の失敗した体験は勿論ですが、意外に役に立つのは、実はビジネス書や実務書を読んだりすることではなくて、直接には全く関係のない(寧ろ、無駄と思われる)知識・教養であると感ずることが偶にあります。藤原正彦氏の「国家の品格」の中で、真のエリート教育に必要なものみたいな議論があって、こうした考えに一脈通じる表現が看取されますが、同書の中で僕が一番共感した部分でした。

そんなモヤモヤした感情を常日頃抱きながら働いているのですが、今日は社内の「月初朝礼」でこのことに少し触れました。毎日、時間に追われて懸命に働く社員のみんなにどう聞こえたか正直不安も残りますが、精神的な余裕は時間的余裕から独立した形で持ち続けたいと思います。

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