学生時代のスポーツ

今日まで開催される全国高校野球大会や、正月に盛り上がる大学駅伝(正確には関東のという接頭句が付きますが)をテレビで喜んで観戦している立場では、言うのも憚られるのですが、日本の学生スポーツの在り方に「学校の名誉のため」という錦の御旗が余りに強い存在感があることに危惧の念を持ったので一言。

以前から言われていることではあるのでしょうが、猛練習、そして連戦を一人の投手で投げぬいたり、高校駅伝、大学駅伝で猛烈に陸上部で練習をした挙句、プロに入団早々に肩や肘を痛めたり、実業団に入ってから、或いはフルマラソンに転向後あまりパッとしない成績で選手生活を終えてしまっているケースがあるように思えてなりません。

科学的な根拠とか、詳しいデータ、ファクトが、今日の時点でどれだけ実証されているのか専門知識は持ち合わせていませんが、全員とは言わないまでも有能な選手の才能が開花する以前に、「この学生生活に全てをかける」意気込みによって潰れてしまっている選手も少なからず存在すると思います。

こうした事態を回避して、大人になっても長く活躍して欲しいとファンが願うのであれば、トップアスリートに関しては特にそうですが、学校という枠から本当は外れて貰い「クラブ制」の下、才能を磨いて貰うのが経済原理的にも理に適っているように考えます。

Junior,Senior,そしてProfessionalという階段、プロセスが一つのクラブチームの中で完結していれば、Junior,Senior時代に連投させたり、過度に厳しい練習を課して将来を潰してしまうことには、クラブの経営者や指導者としても大きな抵抗感が生まれてきます。勿論、今のような学校に主軸をおいた制度でも指導者にそのような価値観がしっかり根付いていれば良いのですが、そうしたことを期待するのは属人的な資質に頼ることであって、遍く全員にそうした価値観を共有して貰うのは幻想と割り切ったほうが自然、当然と思います。

この会社、カカクコム社の社員の人たちにも結婚祝いや出産祝いの際に、一言声を掛けるとき「火事場のバカ力的な頑張りは止めてください。長続きするような仕事振りで頑張ってください」とお願いするようにしています。それこそが、会社の価値を中長期に押し上げることにもなるわけですし、そもそも社員の人たちも幸福になれると考えているので。

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